2013年1月24日木曜日

【カンボジアでフィリピン人に詐欺られた話】


あけましておめでとうございます。皆さま今年もよろしくお願いします。

それと、このあいだページビューが総計で1000超えました。こんなブログに多くの人が見に来てくれているのは嬉しい限りです。本当にありがとうございます。これからも頑張ります^^

 

さて、今回は私がカンボジアのプノンペンで遭遇した詐欺の話です。

……えー、年明け一本目からこんな話でほんとに申し訳ない;;

いやでも、全然重い話ではないのでご心配なく。基本的にネタなので笑ってもらえれば。

 

※犯罪ごとをネタにするなんて不謹慎だ!という方はブラウザバックでお願いしますm(_ _)m ただ、一応「こうならないように旅行者の方は気をつけましょう」という意味をこめてるつもりではあります。

 

 

ていうかフィリピン全然関係ないやん!とおっしゃるかもしれませんが、ちゃんと関係してますよ。

なにせカンボジアでフィリピン人にサギられた話ですので。

 

 

2012年5月6日、私は一人カンボジアの首都プノンペンにいました。

このとき私はタイ→カンボジア→ベトナムという順で旅行しているところでした。

確かこの日の朝まではシェムリアップ(アンコールワットがある場所です)にいて、そこからバスに乗って、プノンペンについたのは夕方でした。

シェムリアップまでは友人と二人旅だったのですが、飛行機の都合で友人と分かれ、一人旅がちょうど始まったところでした。
(一人で行動しだしたとたんサギにあうとか、我ながらなんとベタな…)

 
 

プノンペンの様子。

 

  
ちなみに、この写真に写ってるのがなんというお寺かは知りません。

(というかこれ寺でいいのか……??)

この翌日にはベトナムに行かなければならなかったので、ぶっちゃけ観光する時間は全くありませんでした。

というわけでこのお寺も中に入ったりはしてないです。

 

ただ、それではあまりにもったいない!ということで、宿を取ったあと街を散歩してみることにしました。

がしかし。

もともとプノンペンに着いたのが昼過ぎ、そこから宿を選んで部屋について、少しゴロゴロして…とやっていたら、

散歩に出発した時既に辺りは薄暗くなっていました。その時点でやめとけよ。

 さらに、一応銀行のカードは普段使う用の財布とは分けておいたんですが、うっかりそっちも持って出てきてしまったのも痛かったですね。分けてた意味ないし。

 

 

散歩してみた感じだと、やっぱりプノンペンはまだまだ経済があまり発展してないようです。

マニラと比べてちょっと寂しい感じ。

 

でも市場はそれなりに面白かったです。




ああもう、この時点でそうとう暗いですね。

しかも、本当はこの市場まで行ったら引き返してすぐ帰るはずだったんですが。

帰り道見かけた本屋にふらっと立ち寄ったあげく、そこで30分以上つぶしてしまいました。

本屋を出る頃には完全に夜の街に(当たり前)。

皆さんは絶対真似しちゃダメですよ!!

 

でまあ、多少焦りつつ宿へ向かって歩いていたわけですが、ここで問題が一つ。

私じつは重度の方向音痴なんです。(なのになんで一人で散歩行ったんでしょうね)

行きに通った道で、しかも地図を持っていたのに見事に迷いました。奇跡ですね。

 

とはいえ、多分宿のすぐそばまで来ていたと思うんですよ。でも暗いせいかなかなかそれらしい建物が見当たらないので、地図を持ったままウロウロしていました。

ちなみに、以前の記事を読んだ人はわかるかもしれませんがこの時私「赤みがかった金髪」です。我ながら目立つカモですね。

するとそこへ。

 

「どうかされましたか?」

 

と、『私と同い年くらいの若い女の人』が『綺麗な英語で』話しかけてきました。

いやもう、いかにも相手の警戒心を解こうっていう気に満ちてますよね。

私はカンボジア語(クメール語?)が全くわからないので、周りで全く分からない言語が飛び交う中で英語を聞くと意外と気緩んじゃうものですよ。

 で、さらに。

女の人「あなたのTシャツフィリピンの地名が書いてあるけど、フィリピンから来たの?」

私「ええ。フィリピン大の交換留学生なんです」

女の人「え、本当に!?私もフィリピン人よ!しかもフィリピン大のそばのミリアム大ってわかる?あそこに通っていたの!」

 

ま じ で か ! !

 

これで完全に心を許してしまいました。

 
え、なんで!?と思う人も多いと思います。実際、私もフィリピンや日本で出会ったフィリピン人ならここまでころっと信じなかったでしょう。

ですが、カンボジアという未知の場所で出会ったフィリピン人に対する親近感は予想以上に大きかったです。久々に聞いたタガログ語が懐かしく感じたり。

だから皆さんも相手が日本人とか自分に縁のある国の人だからといって信用しちゃだめですよ!!

 

そんな感じで意気投合。コーラも奢ってもらったし(よく考えるとこれも危ないですね)、良い人だなと感動していると、その人はこんなことを言い出します。

「ベトナムで親戚がホテルをやっているから紹介するわ。安く済むわよ」

(へぇ、それはありがたいかも。)

「じゃあ、私の家まで行きましょう」

(え、この場で口頭で教えてほしいんだけど。……ま、いっか。)

というわけで、なんとなく家についていってしまいました。

はい、もう最悪のパターン。家についていくって一番やっちゃいけないですよね。

地球の歩き方のような海外旅行本には必ず書いてあるそうです。ある意味王道です。

(ちなみに、私は旅行前にそういった本を全く読みませんでした。事前の情報収集は全部ネットで、行き先と宿について調べるだけという。旅行本の大切さがわかりますね…)

 

トゥクトゥク(タイやカンボジアにある、バイクの後ろに数人分の座席がついた乗り物)に乗って家に到着。けっこう大きな家で、お金持ちっぽい感じがしました。きっと詐欺で相当儲けてるんでしょうね。

ただ、いかにも悪の親玉が居そうなキンピカの大邸宅というわけでもなかったです。

 

中に入ると、その女の人の叔父だという男の人が出てきました。実はもうあまり顔を覚えてないんですが、フィリピン人のわりに背が高くて良い体格をしていた気がします。

で、その人は曰くカジノのディーラーをやっているらしい。

 

 

ディーラーて。

 
 
 
 
 
 



 

めっちゃアンダーグラウンドじゃないっすか!!

 

 

※画像はイメージです。

 

 

この時点で少し嫌な予感がしたものの、逆に「ディーラーとかかっけえ!!」とテンションを上げる私。完全な中二病です。

そうしたら、「ブラックジャックを教えてやる」と言うディーラー。

ブラックジャックっていうのはあれです、カードを順に引いていって、合計が21に近い方が勝ちってやつです。詳しくはウィキペディアを見てください。

 

へえ面白い、とか思いながらルールを覚えていたら、いつの間にかディーラーがイカサマのサインを教え始めました。ディーラーは何故かプレーヤー2人の手札がわかるらしく、そのディーラーが手の形で勝負相手の手札を表すというものでした。

イカサマのサインとかいかにも本場の人っぽいけど、それ私使う機会なくない?と思っていると、ディーラーはこんなことを言い出しました。

 

「自分のカジノで昨日大勝ちしたくせに場代をちゃんと払わなかった男がいる。そいつをイカサマで嵌めて勝ち分を取り返したいから協力してくれ。」

 

えええどんな展開!?とか思っているうちにすぐさまその相手の男がやってきました。

ブルネイの大金持ちという話で(今となっては本当かどうか怪しいですが)、確かに趣味の悪い成金っぽい出で立ちをしたおじいさんでした。指にいくつも金色の指輪をはめている感じ。

これはまたベタな成金と思いつつ、大金持ちに会うのはほぼ初めてだったのでテンションを上げながらゲームスタート。

 

ただゲームとはいっても、ディーラーの出すサインを見て相手の手札を判断しながらなので、当然私が勝ち続けました。

私が思いっきりディーラーの手をガン見してるのに、対戦相手が全然気づかない時点で今思えば不自然ですね。

もちろんその時も多少不審に思いはしましたが、「ギャンブラーって意外とアホなのかな…」とか思ったり。アホはお前だ。

そんな感じで、詐欺だという確信は持てずにいました。

 

何ゲームかすると、負けがこんでいる相手が掛金を釣り上げだして、最終的に1万ドルとか言い出してきました。

ちなみにゲームスタート時はディーラーが用意した500ドルを私のお金という体でチップに変えてやっていて、それ以降もディーラーが用意するチップで戦っていたので、この時点では私の出費はありません。

が、ここで、相手が掛金を釣り上げすぎたためにこちらが掛ける現金が足りないという事態に。相手は現金か担保になるものがないと賭けを続けられないと言ってきました。

この時点で「じゃあもうここで終わり」と言って帰ってくれば良かったんですが、ディーラーがそれをさせてくれないんです。で、この担保がどうこうという話の流れで、ポロっと銀行のカードを持っていることを話してしまいました。あーあ。(キャッシュカードを持っていなかったのが救いです)。

 

そうして、私が足りない現金をATMで下ろしてくることに。といっても当然それは対戦相手に対する建前で、本当はディーラーが全額用意するんだと思ってました。がしかし。

 

「ここで待ってるから、お前そのカードで金下ろせるだけ下ろしてこい。それで足りない分は俺が持つ」

 

いや、なんでやねん。

私関係ないやろが!自分で用意せえよ!!

 

と思ったんですが、女の人がATMの中までついてくるし、どうしようもない状況。

仕方なく現金を小出しに引き出したのですが、その時5万円ほど入っているはずの口座から200ドル(約1万7千円)下ろした時点で何故か引き出せなくなりました。なんという幸運。

あれ、まだあるはずなんだけどと思いつつ、ラッキーなのでそのまま残高ゼロの振りをしました。

 

それで結局200ドルを持ってディーラーの家に戻ったのですが、当然200ドル程度では足りません。そこでディーラーが、自分の上司に掛け合って明日の早朝までに金を用意するから、それまで勝負を延期しようと言い出しました。お互いの金はディーラーが金庫に保管するといって、私の200ドルも取られます。そこで勝負相手は帰宅。

 

勝負相手がいなくなったあと、もちろん私はディーラーに200ドルを返せと言いまくったのですが、「明日までに金を用意する。そうしたら勝ち分は山分けだ。俺を信じろ」の一点張り。

もうだんだん面倒になって早く帰りたくなってきたので、最終的にはじゃあもういいよそれでと言って帰ることに。

一応宿まではバイクタクシーを呼んで帰してくれました。

 

宿に帰ったあと、これ明日行かない方がいいのかな、でも200ドルもったいないし、せめて誰かに連絡しとくべきかな…と思ってフェイスブックを見ると、運良くシェムリアップまで一緒にいた友人からメッセージが来ていたので相談してみました。

友人は私と違いちゃんと常識を持っていたので、「いやそれ行ったらダメだから。余計むしり取られるっていうかとにかく危険だから」と忠告してくれました。そこでようやく詐欺だったと確信する私。

 

今思うと、ディーラーの家にいるときより宿に戻ってきたあとの方が怖かったです。まあディーラーのところでは詐欺だとあんまり思っていなかったので。あと、翌日の早朝来られたらやだなと思ったのもあります。怪談とかでもそうですけど、怖いことって往々にしてあとから気づいて怖くなることが多いですよね。

そんな怖さも今ではほとんど薄れてしまってるんですが、そんなだとまた引っかかりそうなので気をつけます。

 

 

ついでに、詐欺のことを母に話したときのことも書きます。

この旅行中何度か両親にお金を振り込んでもらっていたので、やっぱり一応話さなきゃいけないかなと思ったんです。旅行後に直接日本に一時帰国するのでそのときにしようと思ったんですが、もしこれで「やっぱり外国は危ない」ってなったらあと半年残ってるフィリピン留学自体にも反対されるんじゃ、という思いがありました。

もしそうなったらどうやって説得すれば…とぐるぐる悩みながらも、帰国してすぐ話しました。

それを聞いた母の反応は、

 

 

「え~~あんた馬っ鹿じゃないのぉwwww!??あははははwwww」

 

!?

 

 

この親にしてこの子ありというか…。母のこのリアクションが一番衝撃的でしたね、詐欺自体よりも。

 

 

 

そんなわけで人生初の詐欺を体験したわけですが、自分でも不思議なくらいカンボジアに対する悪い感情は無いです。それまでシェムリアップの辺りですごくいい思い出を作ってきたというのもありますが、プノンペンもむしろもう一回行ってちゃんと観光したいくらいです。

まあサギってきたのカンボジア人じゃないですからね。フィリピン人ですから。

あ、もちろんフィリピンに対しても悪く思ってないですよ?こんなブログやってるくらいなので。

 

 

さて、そんな去年の経験を踏まえ、ここに今年の抱負を宣言したいと思います。

 

「いや、もう今年入って3週間以上経ってるから!」というツッコミをひしひしと感じますね。

おかしいな、この記事本当は1月3日にアップする予定だったんですけど。いやほんとに。時間泥棒って怖いですね。

まあ何はともあれ、1月中ならセーフです。私の中で。

 

で、今年の抱負ですが、「知らない人にはついて行かない」……ではなくて。

 

「ちゃんと生きる」

 

にしようと思います。去年友人から散々「生きる力大事だよ!」と言われたので、今年はそこを直していきます。

生粋の方向音痴で夜型のうえに人の顔が覚えられない&見分けがつかないなどなど、思い返せば私の生きる力のなんと低いことか。今年こそは変わらねばなりません。

 

そもそも正月ネタの文章を1月24日にアップしてる時点でちゃんとしてないよね。

 

 

ではでは。皆さんの2013年が良い年でありますように!!

 

〈今回の教訓〉

・  知らない人にはついていかない

・  本でもネットでも何でもいいので、海外旅行の諸注意的なものには目を通しておく

・  言葉や国が同じ人でもそれだけで信用しない

・  知らない街では一人で夜出歩かない

(こうやって改めてまとめるとほんと当たり前のことばっかりですね…;;)
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2012年12月15日土曜日

フィリピンの刑務所見学【実は意外と清潔】


(2019/4/28追記)
読み直してみたところ、当時のテンションや読みづらい文体・構成等々が目に余ったので文章を全体的に修正しました。内容は変えていません。
(追記終)

こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
気づけば前回からけっこう間が開いてしまっていますね……就職活動中で時間を確保しづらくはあるのですが、少なくとも月一では更新していきたいなと思ってます。

今回は、フィリピン留学中に見学しに行った女性刑務所の話です。他の記事と比べると少し真面目度が高いかもしれません(それでも心持ち、という程度ですが)。
ちなみに、悲惨で凄惨な話などは出てきません。どちらかというと逆かと思います。ですので心臓の弱い方もご安心ください。


2012年9月3日、フィリピン大学から車で1時間ほどのマンダルヨンという場所にある女性刑務所(正確には女性更生施設:Correctional Institution for Women)へ見学に行くことになりました。

そもそもなぜ刑務所を見学することになったのかというと、私の住んでいた寮のボス的存在(お母さん的存在でもある?)の寮生がツアーを企画してくれたためです。
フィリピン大学に来ている留学生は私を含めフィリピンの社会問題に興味のある学生が多く、このツアーにも多くの寮生が参加しました。
また、この刑務所側もそういった学生の来訪を歓迎していて、毎年一度はフィリピン大学のソーシャルワーク学部の人が見学に来ているとのことです。





まず始めに、この刑務所で行っている色々なプログラムについてソーシャルワーカの方からお聞きしました。

「更生施設」という名前の通り、収容者をただ罰するのではなく彼女たちが施設を出た後社会に復帰できるようにという考え方で運営されています。

フィリピンの刑務所というと「笑いのヨガ」をご存知の方もいるかもしれませんが、その他にも色々なプログラムがあるとのことです。例えば教育プログラム(ALS)を修了すると、通常の学校を卒業したのと同じ資格が与えられます。職業訓練プログラムにはオフィスワーク、キッチン、清掃、ハンドメイド小物の制作、ネイルアートなど様々な種類がありで、収容者は自分の好きなものを選べます。レクリエーション、宗教的なプログラムなどもあります。



次に、収容者の方に直接お話を聞かせて頂きました。
私たちのグループは2人の方にインタビューを行いました。Aさんは今この刑務所内で教育プログラムを受けていて、ここで高卒認定をとって出所後は大学に行きたいとのことでした。もう一人のBさんは、出所後は子供の世話をして暮らしたいとのことです。

この施設では色々なイベントが開催されていますが(なんとミスコンもあるらしい)、お二人とも1年で一番ハッピーなのはクリスマスだと仰っていました。

クリスマスは日本では「カップルの日」というイメージが強いリア充への怨念に満ちた日ですが、フィリピンでは国全体を挙げてのお祭りです。1年で1番気合が入るときです。その気合たるや、9月から年末までの4か月間ずっとクリスマスシーズンにしてしまうほど。1年の3分の1がクリスマス、クリスマス大好きフィリピン人。

(イメージ画像)

そういうわけで、やはり刑務所の中でもクリスマスは一大イベントのようです。加えて、クリスマスの日は収容者の家族も1日施設内に居ることができるため、お二人にとっては子供たちと一緒に過ごせる特別な日です。

一通りお話を聞いて感じたのは、「犯罪者といってもごく普通の人である」ということでした。お二人の見た目も、会話を通じて感じた人柄も近所のおばさんとあまり変わらないように思いました。むしろ出所後にやりたいことがあるなどポジティブな一面があり(フィリピン人は大抵ポジティブですが)、好感がもてる人柄です。Aさんは薬物、Bさんは強盗の罪でこの施設に入っていますが、「いかにも悪人」という感じは全くなかったので驚くと同時に少し拍子抜けしてしまいました。


そのあと、実際に刑務所内の色々な場所を見学させて頂きました(撮影NGのため残念ながら写真はありません)。

まず予想外だったのが、施設の衛生環境です。こう書くと「汚すぎて驚いた」のだと思われそうですが、実際は逆です。もうすごく綺麗。特にキッチンが清潔で、確実にうちの寮より上だろうと思いますね。
ちなみに、刑務所というと「檻」のイメージがありますが、部屋にはドアがあるだけで檻はありません。

ただ、そんなきちんとした生活環境の中にも問題はあるもので、中でも一番深刻なのが人数オーバーです。この施設は本当は1200人が上限なのですが、全国で施設の数が全く足りていないため現在約2000人(上限の1.7倍)が収容されています。そのせいで2人で一つのベッドを使っているところもありました。特に高温多湿のフィリピンでは多分そうとう暑苦しいだろうと思います。

印象的だったのは、施設のスタッフさんと収容者の方々がとても仲良さそうに見えたことです。もっとギスギスしているだろうと思っていたので衝撃的でした。見学中に見かけた収容者の人々も先ほどインタビューした二人と同じく、やっぱり町で普通に見かけるおばさんたちと何も変わらないように思いました。


さて、さすがに写真がゼロだと素っ気ないので、刑務所内で私が買ったお土産をご紹介します。これらはすべて収容者の方々の手作りです。


こちらはトイレットペーパー入れ。私はご存知のように青大好き人間なので迷わず青を選びました。


キーホルダー2つ。
右のものはフィリピンの国旗の形ですが、この左側の白いのはなんでしょう。




そう、卵に入ったヒヨコです!すごく可愛いと思いませんか?

私は普段こういった可愛い系のものは買わないのですが、これは思わず買ってしまいました。みなさんももしフィリピンの刑務所を訪れる機会があれば(あまり無いかもしれませんが)、ぜひお土産にどうぞ。



さてここからは、見学終了後に参加者全員で行った討論をもとに私が考えた二つの点について書きます。


一つ目は、「どうやったら『犯罪者』や『前科者』に対する偏見をなくせるのか」ということです。

前述の通り、収容者の方々はみんな普通でした。薬物犯罪や強盗だけでなく、所内見学中に見た大勢の人々の中には殺人犯も複数いたと思われます(殺人はフィリピンの犯罪トップ3に入るそうです)。ですが、少なくとも私が見た中ではあからさまに危なそうな人はおらず、むしろ見学しに来た我々に対して笑いかけてくれる人も多くいました。

被害者にとっては、自分を苦しめた加害者を許すというのは受け入れがたいことかもしれません。また、犯した罪はきちんと罰せられるべきだとも思います。
ですが、犯罪に至った背景にはどうしようもない事情があったということも考えられます。例えば、貧困のせいで生活が立ち行かなくなり強盗をしてしまったとか、抱えている問題から逃げるために薬物に走ってしまったとか。当事者ではない外部の人々にとって、犯罪者と呼ばれるその人がどういう人間なのか知るすべはありません。

にもかかわらず、私たちは犯罪者と聞いた瞬間に「自分たちとは全く違う生き物」というレッテルを貼ってしまいがちです。前科者の場合は出所したことで(少なくとも法的には)罪を償っているわけですが、「一度犯罪を犯した時点で人間失格」という考え方は根強いように思います。
フィリピンでもやはり前科者というとかなり印象が悪く、たとえ施設内のプログラムで技術などを身につけても、外の社会に戻ったあと普通に生活するのは難しいとのことです。

この施設では出所後のサポートまでは手が回っていないものの、こうして外部からの見学者を受け入れ、参加者に収容者一人一人の人柄や刑務所内の生活を伝えることで世の中の偏見をなくしていくことを目指しているそうです。周囲の理解が得られれば、出所後に普通の人と同じように生活しやすくなります。

こういった犯罪者の社会復帰支援活動は日本にも必要だと強く感じます。
おそらく私が知らないだけでもう既に色々な活動があるのでしょうが、犯罪者に対する強烈なバッシングの現状を考えるともっと進めていくべきだと思っています。


二つ目は、「罰を与えるために刑務所の待遇を悪くすべき、という考え方はおかしい」ということです。

討論の中で、「刑務所なのに外よりも環境が良いのでは収容者が反省せず、逆にまた罪を犯して戻ってきてしまうのではないか」という意見がありました。

確かに、刑務所の中はすごく清潔で整っていました(場所によっては私たちの寮よりも!)。それに比べると、前回の記事で書いた台風被災者の避難所や都市スラム、この後訪問した孤児院の環境の方が衛生面に関してはかなり劣っています。単純に住む場所としてどちらに住みたいか、と聞かれたらほとんどの人が刑務所を選ぶのではないでしょうか。

しかしそれでも、だから刑務所の環境をもっと劣悪にしようという議論は間違っているのではないかと思います。

まず、環境が整っているといっても、2人で1つのベッドを使っていたりと苦痛を強いられている部分もあります。決して過剰なぜいたくが行われているわけではなく、定員人数をオーバーしていることからするとむしろ本来の最低限の基準にまだ達していないと考えられます。
外の環境が刑務所よりも劣悪だとして、それは外の問題であってむしろそちらをどうやって良くしていくかを考えるべきではないでしょうか。
(……ただ、これは長期的には正論でも短期的にはただの綺麗事という感じもあります。特に財源のことを考えると、刑務所に回す資金があるならそれを孤児院に回すべき、という意見も一理あると思っています)

加えて、これは討論中に他の人が言っていたことですが、「刑務所の中にいる人たちは自由を奪われている。どんなに衛生面やプログラムが整っていても、自由が奪われていること自体の苦しみはなくならないし、それが充分罰になっている」とも考えられます。



この写真は、刑務所見学の後に我々が行ったレストランから見える風景です。
今回のツアーを企画した人(前述の寮のボス)は、「これが私たちに与えられている自由」だと言いました。
私たちは、いつでも好きな時に好きな場所へ行き好きなことをする自由があります。美しい景色を見て、気持ちいい風を感じながら友人と語り合うことができます。それを奪われることは確かに大きな苦痛であるように感じます。

それに、そもそも罰があるから反省するのではなく、自分のしたことについて自分で考えた結果自然と反省するのでなければ意味がないのではないか、とも思います。


上の二つの問題はどちらも人によって意見が分かれるところですし、一筋縄ではいかないだろうと思います。けれどやっぱり「罪を犯した人にもセカンドチャンスがある、またやり直せる」という社会の方が住みやすいし、そういう社会にしていきたいなと思っています。そのためにどうすればいいのか、という点はまだあまり考えがまとまっていないのですが……。これからも考えていきたいトピックの一つです。


なんだか意見部分がかなりの長文になってしまいました。ここまで読んでくださってありがとうございます。
ではでは、また。

2012年10月26日金曜日

髪色九変化


(2019/4/6追記)
この記事はブログタイトルにもなっているのでかなり久しぶりに読み直してみたところ、当時のイタいテンションや死語、読みづらい文体等々に耐え切れず吐きそうになったので文章を全体的に修正しました。画像もモザイクだと犯罪に巻き込まれた人のように見えるので差し替えています。文の内容は変えていません。
そもそもここに書いてある行動がもうなんというかアレなので修正したところで焼石に水なんですが……。7年前の自分はある意味凄かったんだなと。ちなみに今現在の髪は黒色です。
(追記終)

こんにちは。皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は今思いっきり風邪を引いています。そのせいかいつも以上に生活習慣が不規則です。目が覚めて夕方の6時過ぎだとさすがに驚きますね。母からは「それもう昼夜逆転の人間というより原猿類的ななにかじゃない?」とか言われる始末。 皆様も風邪にはお気を付け下さい。

それはそうと、今回は髪色の話です。
 今年の4月15日、友人とフィリピン大学の近所の美容院に行ってきました。

 理由は、髪を青く染めるためです。

 もう少し補足説明をします。
 髪を青くしようと思った理由ですが、特にこれといったものはありません。
 強いて言えば「青色が好きだから」です。
 髪に限らず、昔から服も物も気づいたら青系を選んでいました(まあこれは暖色系が似合わないのもあるかもしれませんが)。そのため、「留学が終わったらすぐに就活が始まって染める機会ないだろうからフィリピンにいる間に染めておこう」と思ったとき、真っ先に出てきた色が青だった、というだけの理由です。

それとよく言われるのですが、決してフィリピンで青い髪が流行っているわけではありません。 フィリピンの間違ったイメージが広まると困るので、これだけはお伝えしておきます。 特にこれから渡航予定の方は、髪を青くしたところでフィリピン社会に溶け込めるわけではないのでご注意ください。むしろ目立つ、というより普通に変人扱いされます。

そういうわけで美容院に行くことになりました。この時点では髪は黒です。 そして青にするために行ったわけですから、当然ながら私は青色に染まると思っていました。 しかし実際は。





緑になりました。何故だ。

美容師曰く、「今日一日で青にするのは無理だからまた来てくれ」とのこと。
「まあ、ブリーチして金色になったあと緑になったから、同じ染料でもう一回染めれば青になるかな」と思い、数日後もう一度行くことに。
我ながらお人好しですね。そんなんだからコテコテの詐欺に遭うんでしょうね。 
※詐欺に遭ったのはフィリピンじゃなくて別の国なのでご安心ください。また機会があればその話も書きます。 

そして、「今日こそ青になるから」という美容師の言葉を信じた結果がこちら。


なんでやねん。

いや、実をいうと染める前からわかってたんですよこんな感じの色になることは。だって染料がまんまこの色だったので。
だけど「染料はなんかピンク紫っぽいけどきっと何かしらの科学反応の結果青になるに違いない」と信じてたのに………。
美容師曰く、「ピンク『紫』だから少し青の要素が入ってるYO!光の加減で青にも見えるZE!」だそうで。言い訳にしてももう少しマシなのがあるだろう。

とにかくこの色は派手すぎるからなんとかしろ、と言ったところ、染めたばかりじゃ色を変えられないから、数日後もう一回来てくれと言われました。 もうこの辺でやめとけよと自分でも思いますが、さすがにこの色はどうしても許容できなかったのでもう一度行くことに。 「とにかくもっと暗い色にしろ」と言った結果がこちら。




ああ、もういいよこれで。

いや本当は全然よくないんですけど、もうこれ以上言っても青には絶対ならないし、2日後から旅行に行く予定が入っていたので諦めました。
しかも青にしろと言ったら「ここから青にするにはもう一度ブリーチしないといけない」と言われたので。
いやだからそれあんたがピンク紫に染めたからだよね?私最初っから青にしろって言ってたのに何でピンク紫にした?
さすがにこの時は張り倒そうかと思いました。

そんなわけで、髪を青に染めに行ったら赤になるという不可思議な体験をした後、東南アジア旅行に出発しました。
※ちなみに2回目以降の料金は払ってないです流石に。一回分のブリーチとカラーの料金でやってもらいました。それでも2200ペソ(約4400円)なんでフィリピンでいうとそれなりですが。

旅行は大体3週間だったんですが、その期間に色が落ちる落ちる。シャワー浴びるたびに赤い水が流れるのはちょっとしたホラーです。
なのでその後日本に一時帰国したときはこんな感じに。



赤っぽい金髪と言ったところでしょうか。
もともと私は赤も金もあまり好きじゃないうえに似合わないので、旅行中はかなりフラストレーションが溜まってしまいました。

日本に着いたからには今度こそ青にしてやろう!という意気込みも新たに、実家のそばの美容院へ。その結果。




みごと青になりました!!

……あんまり青に見えない、という声が聞こえてきそうですね。 確かに、これだとむしろ灰色ですよね。
本当はこの時ちゃんと青になったのですが、予想以上に色落ちが早かったのでこれを撮った時にはすでに灰色っぽくなってます。残念…。

そうして、一度は青になったものの十日ほど経つと完全に灰色になってしまいました。 100%灰色のときの写真は残ってないですが、イメージとしては上の写真から青成分を抜いた感じです。
ちなみにこの時の色が一番評判悪かったです。私自身はそんなに嫌いじゃなかったんですが、赤とか金とかの方が周囲のウケは良かったです。 この後さらに色落ちが進み、気づくと白になっていました。それがこちら。


ブリーチして金色になった後に染めたのだから色落ちしたら金に戻るのでは?と思いましたが、金色に戻るのは何故か灰色と白を経由した後のようです。
実際、その後色落ちが進んだら予想通り金色になりました。



この写真をとったのはもう日本で染めてから4か月ほど経った頃なので、根元が黒いいわゆる「プリン」になってますね。
「プリンになってきたことだし、帰国前にもう一度青にしたい」と思い立ち、上の写真の数日後に再度美容院に行き、青に染めました。それがこちら。



今度はフィリピンでもちゃんとしたところに行ったので、無事一回で青に染まりました。良かった良かった。
これですよ私の望んでいた色は!!



そう、これこれ。



調子に乗って爪まで青くしてみたり。

しかし残念なことに、今現在の私の髪は青色ではありません。色落ちしてまた灰色とか金になったわけでもなく、黒染めして黒になっています。
そもそも帰国の就活が理由でフィリピン滞在中に染めていたので、これから少なくとも就活が終わるまでは普通に黒髪で過ごします。つまらない…。

ブログタイトルに偽りありになってしまいますが、この出落ち感しかないタイトルがけっこう気に入っているので使い続けようかなと思います。就活終わったらまた染めるかもしれませんし。
そのときも青にする確率が高いですが、意外と緑とか白も気に入っているのでどうなるか未定です。ただ少なくとも暖色は無い。

ちなみに今回の文章のタイトルですが、 緑→ピンク紫→赤→赤っぽい金→青→白→金(プリン)→青→黒 で9色なので「九変化」とつけました。でも灰色を入れると十色ですし逆に色落ちを除くと染めたのは6回で、もうここまで来ると何色あるのかよくわからないので好きに数えていただければと思います。 ではでは。