2013年9月12日木曜日

東京入国管理局で被収容者との面会【学生の参加者が急増】

(2019/4/6追記)
かなり久しぶりに読み直してみたところ、当時のテンションや読みづらい文体等々に耐え切れなくなったので文章を全体的に修正しました。内容は変えていません。
(追記終)


こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

私は明日からネパール旅行だというのに全く荷造りできていません。そういう時ほどブログを書きたくなるのって不思議ですね。


今回は、先週行った入国管理局(入管)の被収容者との面会のことを書きます。

品川にある東京入国管理局に行ったのですが、ここにはいわゆる「不法滞在者」の外国人が収容されています。

「不法滞在者」と聞くと凶悪で危険なイメージがありますが、彼らのほとんどは難民申請中であったりオーバーステイの移住労働者だったりするだけで、出入国管理法違反ではありますが犯罪者(刑法違反者)ではありません。


犯罪者ではないですが、収容所内の処遇は犯罪者並みにひどい、とよく言われます。何度も帰国するよう脅迫される、必要な医療を受けることができない、職員から暴力を受ける等々。また、収容する期間に限りが無いためいくらでも長く収容できてしまう、という問題もあります。劣悪な環境に耐え兼ね、2001年には自殺者も出たそうです。

何故このようなことがまかり通るかというと、被収容者が「外国人」だからです。
私は法律の専門家ではないので詳細は不明ですが、日本国憲法に規定されている基本的人権は外国人に対しては「限定的にしか」適用されないということになっているらしく、日本人相手に行うと問題となる行為でも外国人相手であれば許されてしまうそうです。ふざけてますね。


今年の7月初旬にはフィリピン人75人をチャーター機で大量に強制送還するという事件もありました。

(イメージ画像)



こうした、入管の収容者への非人道的な扱いに対する抗議活動の一つが、今回私が参加した面会活動です。

面会に行って被収容者と会話し、入管の中でどんなことが行われているか聞き取るだけでも、入管に対して「市民に監視されている」というプレッシャーを与えることができます。
また、被収容者の目標は「仮放免」といって一時的に入管から出ること、そして最終的なゴールは「在留特別許可証」を取得することなのですが、面会を通じてそのためのアドバイスなども行われています。

面会自体は基本的に誰でも行うことができますが、普段から面会活動をされているのは「仮放免者の会」という当事者の方々の団体や「BOND (バンド)」という団体です。
こちらの団体の活動に同行させていただくという形で今回参加しました。
既に2年ほど前にも何度か行っていたのですが、特に今回は全国の大学生による一斉面会という形で大人数が行くということで、友人に誘われたこともあり久しぶりに参加することとなりました。


2013年9月5日、朝8時に品川駅で友人と待ち合わせました。ちなみにこの日の私は4時間睡眠…。しかも朝早いため、始まる前から少し疲れ気味。対照的に友人は健康な生活を送っているのでとても元気でした。

東京入国管理局は品川駅からバスで10分ほどのところにあります。



(バス乗り場。表示があり分かりやすいです)




(東京入国管理局。バスを降りてすぐのところにあります)


私たちは少し早く着きすぎてしまったので、他の学生や団体の方が到着するのを待ちます。


(入り口前の行列。被収容者の人と面会するため開場前から多くの人が並んでいます)

数十分経って、他の学生達がやってきました。一緒に建物の中に入ります。
ちなみに建物の中は撮影禁止なため、残念ながら画像がありません……。



入管の中に入ったら、まず面会申請用紙を記入します。





これは被収容者一人に対して一枚なので、大人数と会うときはなかなかめんどくさいです。確か用紙データを印刷してあらかじめ書いて持って行ってもOKだったはずです。

申請用紙を書き終わったら受付に見せます。混んでいると受付に行くまでにけっこう待たされます。ここで写真入り身分証が必要です。
それが済むと、エレベーターで7階へ行きました。申請用紙を出して、持ち物チェックを通って面会室へ入ります。

面会室は透明な衝立で完全に仕切られていて、被収容者に触れたり物を直に渡したりすることはできません。どの部屋もドアと壁が白く無機質な感じがします。

今回は2人ずつ2回面会して、計4人の方とお会いしました。

以前は面会時間は15分まででしたが、30分に延びていました。以前はかなり慌ただしかったと記憶しているのでこれは助かります。


聞き取った内容については個人情報の関係であまり書けないのですが、フィリピン人の方ともお会いしました。来日から何年も経っているそうで、とても流暢な日本語を話されていました。

衝撃的だったのは、4人のうちのある方がビザの手続きだといって呼び出され、それに応じて行ったらその場で収容されたということです。かなり乱暴なやり方です。

またある方は、「体調がとても悪いのに病院へ行かせてもらえない、入管の中にいる医者が出す薬は全然効かない」と言っていました。薬が全然効かないという話は前に面会したときもよく聞きましたが、変わってないんだな、という感じです。

収容所の中での生活について聞いて欲しいという気持ちが強いのか、こちらから何も聞かなくても色々と話してくださる方が多いです。フレンドリーな方も少し気難しそうな方もいましたが、誰も恐いという感じはしませんでした。


午前の面会が終わると、建物の外で仮放免者の方による演説が始まりました。
(※以下、写真は許可を得て掲載しています)




スリランカ出身のジャンバラ=バラスリヤさん。来日してから既に14年も経っていて、今すぐ日本のビザが必要だそうです。




ナイジェリア出身のエリザベスさん。





演説を聞く学生、およそ40名。これだけの人数が面会をすることは東京入管では初とのことです。


本当はこのあと午後にも面会があったのですが、私は都合によりここまでの参加となりました。


感想としては、まず学生がこんなに多く参加していることにとても驚きました。

今回は全国の学生が特別に来ているからというのもありますが、2年前からすれば考えられないくらいの人数です。
2年前に参加した時この活動には人手が必要だろうと感じていたので、これほどたくさんの人が参加するようになったことは嬉しいです。


加えて、「労働力が必要なときは野放しにしておき、不要になったら国へ帰らせる」という入管のやり方には腹が立ちます。

日本は今のところ単純労働者を受け入れていません。でも実際は多くの外国人が単純労働者として働いていて、バブルのように好景気で安い労働力が必要なときには彼らを真剣に取り締まることは無い、と聞きます。本音では労働力が必要だからオーバーステイしていても放っておくけれど、いらなくなったら「不法」という建前を理由に捕まえるということです。

本音と建前が矛盾しているから、結果として収容の期間ややり方、ビザの発行なども全てなあなあに裁量でやることになります。


外国人の労働力が必要なら、きちんと法律を作って正面から受け入れる。もしくは、日本人の雇用を守るためにどうしても受け入れられないというのであれば、景気と関係なくしっかりと取り締まって、収容や送還のやり方についても人権が守られるよう法律を整える。
日本が法治国家を名乗るのであればそうするのが道理だと思うのですが、どうなんでしょうか。

さらに、法律の適用されない立場の弱い労働者として不法滞在者を働かせることは、日本人の労働条件を悪化させることにもつながるように思えます。
きちんと労働法を守って日本人を雇うよりも不法滞在者を雇う方が経営者にとって便利で安く済むとなると、日本人が正当な条件で働こうとしても雇用がないということになり、これまでよりも悪い条件でしか働けない、ということになりかねません。

まあ、人を安く使い倒したい悪徳経営者にとっては万々歳なのでしょうが、適法に真っ当な事業を行いたいと考えているまともな経営者や、多くの労働者にとってはデメリットしかないように見えます。

ましてや難民としての保護を申請している方については、強制的に帰還させるとその先で紛争に巻き込まれ最悪亡くなってしまうことも大いに考えられます。
ただ「不法滞在だから」という理由で強制送還することで、取り返しのつかないことになるのではないか、という視点は必要だと考えます。


ちなみに、BONDは現在学生メンバーを募集中だそうです。メンバーにならなくても、面会を一回やってみたいという形でもOKとのことです(私自身もメンバーではありません)。もちろん学生でなくても参加できます。
(2019/4/6追記)
先ほどネット検索したところ、BONDのホームページを見つけましたのでリンクを貼っておきます。現在もボランティアを募集されているようですので、ご関心のある方はこちらのお問合せから連絡されてみてはどうでしょうか。
https://nanmim-bond.amebaownd.com/
(追記終)



それにしても、今回最後の方の文章なんだか重たい感じになってしまいましたね。テーマがテーマなので仕方ないですが。

次はほぼ確実にネパールのことを書くので、もっと明るい話になるかと思います。乞うご期待。

ではでは。

2013年8月10日土曜日

【ネパール旅行準備①】ラブグリーンジャパンとUpendra and friends


こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

私は最近昼3時起きが定着しています。ある意味規則正しい生活。

 

さて、今回はネパールの話です。9月にネパールに旅行というかボランティアみたいのをしに行くので、そのとき訪問する予定の団体の人との打ち合わせに先週行ってきました。

色々お話を聞いたあとネパール音楽のコンサートも見てきたのでそれについて書きます。ちなみに、旅行準備①と書きましたが旅行前に②を書くかは未定です。

 

2013年8月3日、ラブグリーンジャパンというNGOの事務所を友人と3人で訪れました。

ネパールで植林や有機農業などの活動を長年している団体で、事務所は大船にあります。そこで代表の相川さん、スタッフの鈴木さんと青年海外協力隊員のIさんにお会いしました。

そこで色々話していただいたんですけど、相川さんのマシンガントークがもうすごかった。まず口を挟むタイミングが無い。ちなみに女性の方がおしゃべりと言われますけど相川さんはナイスミドルな男性です。

友人曰く「面白い人を教えてくれ」と知り合いに言って紹介してもらった方らしいんで、やっぱりそう言われるだけのことはあるなと。こういう人に会いたくてあちこち訪問してるんですけどやっぱ圧倒されますね…。
というか、こういう活動してる人って前書いたフィリピン人のおばちゃんもそうですけど、その元気はどっからくるんだってぐらい元気な人多いです本当に。

 

で、相談した結果、今回私たちはマクワンプル郡のバジャラバラヒ村というところを見学させてもらうことになりました。

マクワンプル郡は大体この辺にあるらしい↓

 


(見ればわかりますけどこれ私の超テキトーな手書きなんで、ちゃんとした地図はグーグル検索でどうぞ)

いくつかある活動地の中からなんでバジャラバラヒ村を選んだかなんですが、ここは有機農業に加えて景観保護活動もやっているそうです。それを見に行こうってことで決めました。

ところで、景観保護っていうと、

 

  世界のフリー素材写真 http://moniquestudio.net ※アドレス間違えて貼ってたのに気づいて直しました。申し訳ないです。

↑こんな感じの大きな寺とか、重要な文化財があるとこを守ってる感じしませんか?私はそんなイメージでした。

でもこのバジャラバラヒ村は実際のところ普通の集落だそうで。日本でいう昭和の町並みみたいに、この地域の人にとってなつかしい感じがする風景らしいです。

実際の村の写真は行ってからアップしますが、気になる人はラブグリーンジャパンのHPへどうぞ。トップの写真がバジャラバラヒ村なんですが、段々畑とかもあって日本にも通じるところがあるんじゃないかと→http://www.lovegreenjapan.org/

 

ただこの景観保護活動、やっぱり一筋縄ではいかないらしく。

相川さん曰く、難しいのは自分たちの活動を住民に押し付けずに同じ目線ですすめること。それはどんな活動にも言えることですが、特に景観保護の場合は、外にいる私たちから見て素晴らしいと思う風景であっても地元の人にとってはありふれているというのがあります。なんで村の人はけっこう簡単に屋根を瓦からトタンにしてしまったりもします。

外の人間だからこそ気づく良さを、現地の人自身にわかってもらうのが大切とのこと。実際、日光東照宮なんかも外国人が見て「イイネ!」ってなって補修が進んだらしいので外からの刺激って重要です。

 

 

2時間くらい話したあとは、ラブグリーンジャパンが主催するネパール音楽のコンサートを見に行きました。

演奏するのはUpendra and friends(ウペンドラ&フレンズ)というバンドで、これがなんか凄いんですよ。全世界飛び回ってて、毎年フジロックにも出てるらしいです。

 

メンバーは本当は6人らしいですが、この日は4人でやっていました。

 




キーボードのウペンドラさん。

  




ドラムのニキータさん。

 




フルートのラマンさん。

 




バスギターのロシャンさん。

 

約2時間のコンサートで、フジロックの開催地苗場にちなんだ「苗場の風」という曲や、ヒマラヤをイメージした曲などがありました。

ネパール音楽を聴くのは初めてだったんですけど、笛の音が日本のに似ている気がして懐かしい感じがしました。ヒマラヤのやつは高山らしく風が吹いて涼しい感じの曲でしたが、祭りをイメージした賑やかでハイテンポな曲もあって飽きませんでした。最後に日本の島唄が聞けたのも良かったです。

 

 
 
1人1個もらえるおみやげ。コースターと迷ったんですけど使わないしってことで財布にしました。

 

そんなこんなではるばる大船まで出かけた事務所訪問は無事終わったわけですが、この日聞いた話の中で印象的だったのが価値観の話です。

というのは、こういった支援活動はどうしても価値観の押しつけになってしまうのではないかということです。しかも、無理に日本の価値観を押し付けて相手が反発するという話ならまだ分かりやすいですが、そうならないように相手の考え方を尊重しようとしても、相手側が無意識に外の意見に合わせてしまう部分があるそうです。

 
例えばゴミを減らそうとして「ポイ捨ては良くない」とネパール人の言うと「そうだね」と返ってくるのですが、それは「あんな綺麗で先進的な日本という国から来た人が言ってるんだからそれが正しいんだろう」と考えただけで納得しているわけではなかったり。そうすると口では「そうだね、ポイ捨てはダメだね」と言いつつ普通にポイ捨てする、みたいなことになってしまうそうです。

 景観保護に限らず、世の中いろいろと一筋縄ではいきませんね。



 
(世界のフリー素材写真M-Studio http://moniquestudio.net)

まあそういう難しいことは置いといて、今はとりあえず来月ちゃんと行けるように準備をしていこうかと。
 

ネパールの子相手に授業するんですけど、これがけっこう大変そうなんですよね…。まずネパール語が鬼畜すぎて日常会話レベルすらかなり危うい。タガログ語の100倍くらい難しいです(アルファベットって偉大)。
終わったらブログで報告するので、乞うご期待ということで:)

 

ではでは。

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2013年7月26日金曜日

【おばちゃんのリーダーシップがほとばしってる】フィリピンの教育支援


こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

私は長引く風邪に苦しめられております。大したことはないですが、治ったのか治ってないのかよくわからない状況って嫌ですね。

ちなみに私の友人はそれを見て「夏風邪引くやつって……ww」と言ってくるようなのが多いです。あいつらの家のクーラー爆発しろ。

皆さまも体調にはお気を付けください。

 

さて、前回と同じく今回も教育の話をします。(といっても別団体の話なので、前回の読まなくても大丈夫です)

またしてもリーダーシップがほとばしってる話です。

 

そんな溢れ出るリーダーシップを持つおばちゃんの写真がこちら。

 



なんとなくこの写真からもパワフルなのを感じていただけるかと。


 

 この人は、KPACというNGOで現地スタッフの長を勤めているHさんです。

 

KPACとは「金光教平和活動センター」のことで、日本に本部をもつNGOです。母体は宗教法人ですが、Hさんはじめ現地スタッフは全員カトリックなくらいなので宗教色はほとんど感じませんでした。

ナボタスやトンドといったスラムで、幼児向けや児童向けの補習授業、デイケアセンターの運営を主に行っています。その他、ミンダナオでマイクロファイナンス事業をしたり、年に2度ほどボランティア学生向けのスタディツアーも企画したりしています(日本人留学生もOK)。

詳しくはこちらをどうぞ↓



 

私がHさんやKPACに関わることになった初めのきっかけは、KPACがナボタスというところで活動していたことでした。

以前もちらっと書きましたが、Zという友人がスラムで社会学の研究をしたがっていて、中でもナボタスに目をつけていました


 


(ナボタスの学校の様子。詳しくは2012年11月11日、21日の記事参照)
 
 
そこでZが本格的な調査を始めるための足がかりとして、現地で活動しているNGOを探したところKPACを見つけたという次第です。
まずはオフィスでHさんに色々と話を聞かせてもらったのですが、「どうせなら実際に活動を見てみないか」と言ってもらえたため、さっそくその翌日に自動向けの補習授業に参加させてもらうことになりました。

 

2011年10月22日の朝、Monumento駅に私が着くと既にZとKPACスタッフのDさんが待っていました。そこからジープで移動です。

朝早かったため(フィリピン大とMonumentoはかなり遠い)私はしょっぱなっからグロッキーで、子供たちのおやつ用のバナナを分けてもらう始末…Dさんすごく優しい。すみませんでした。

ちなみに、子供たちにちゃんと参加させるためにも、おやつなどを振舞うのは大事だそうです。

 

そうして少し経つと、生徒のうちの一人の家に到着しました。補習授業はこの家を使って行われます。文字通り「地域の中に入って」活動しているので、住民との距離が近いのを感じます。

今日参加する子供たちは6人で、うち1人は既に卒業したあとボランティアで教える側になっている子です。

 

私、友人Zと子供たちがお互いに自己紹介したあと早速授業が始まりました。今日の科目は英語です。

全員だと人数が多いので、2グループに分かれます。

 



 

笑顔で子供に問いかけるDさん。

 

子供たちはDさんによく懐いていて、KPACの方々が子供たちやスラムの住民から信頼されているのが伝わってきました。しかしHさん曰く、住民から信頼を得るのはとても大変だそうです。用がなくてもとにかく頻繁にその地域に出かけて行って、色々な話をすることで信頼を作り上げていくのですが、それでも3年はかかると言っていました。

 

 



 

真剣に単語を書く生徒。

見たところ、生徒によって得意不得意にかなり差がありました。もちろん、苦手な子も出来るようになるまでじっくり教えます。

 

 



 

年上の子が小さい子の勉強を見ています。

 

 



 

フィリピンは小学校1年生から英語を学ぶので、高学年にもなると教科書がけっこう難しかったです。文章が長いし、問いで聞かれていることもレベル高い。

 

 



 

授業後に記念撮影。中央の緑の服の子がボランティアです。あとは見たままですが、一番左が私で右が友人Zです。

そういえばこの時は私まだ黒髪でした。

 

参加してみた感想としては、やっぱり何年もやっているプロなだけあってすごいなと感じました。教え方も上手いし、子供たちもちゃんと習ったことを身につけているように思えます。

ですが、こういったNGOの活動は「ただ単に良い授業をすればいい」というのではないそうです。

 

ここからはHさんに聞いたことですが、一番気をつけなければならないのは、親をはじめとした住民がNGOだのみにならないようにすることです。

例えば、家で復習をさせるのは親の役割なのに、全てKPACがやってくれるものだと思って何もしないという親もいます。それだと子供たちがあまり伸びないので、KPACでは親への教育も行っています。

また、なんの負担もなしにタダで授業が受けられるとなると、住民の方は与えられるのを待つだけになってしまいます。NGOが無いとやっていけなくなってしまうので、かえって自立を遠ざけることになります。これは教育以外の、例えば食料の寄付活動などについても言えます。
KPACでは、授業料金(すごく少額)が払えない場合はそのぶん掃除をしてもらうなど、何らかの形で必ず責任を果たしてもらうようにしているそうです。

 

そう考えると、いわゆる「チャリティ」が必ずしも良いものだとは限らないのではないでしょうか。もちろん、災害の直後とかでとにかく物が足りないときに無償で援助するのはとても大事ですが、それをずっと続けるのではなくて、いずれは援助が要らなくなるのを目指すのが大切なのかなと思いました。

 

 

ちなみに、KPACは教育がメインのNGOですが、それ以外にも色々とやっています(KPACに限らず、NGOはそれぞれネットワークで結びついていてお互いに協力しあうことが多いそうです)。

例えば、歯科医療系の団体と提携したプロジェクトも行っています。このとき私は通訳として少しだけ関わらせてもらったので、その話もまた機会があれば書きます。

参考までに、

提携先の団体「DNOW」のHP→http://www.dnow.or.jp/

 

それら以外にも、イリガンでの洪水被災者支援をするときに一緒に連れて行ってもらったりもして、留学中は本当にHさんにお世話になりました。正直頭上がらないです。

とっても元気で面白い人なので、Hさんについてはまたどこかで書きたいです(今回の話には気づいたらあんまり出てこなかったし…)。

 

それにしても、このKPACの活動参加からもう1年半以上経つのか…そもそもそんな前の話をブログに書くのもどうかって話はありますが。

留学終わってから10ヶ月ほど経っているし、そろそろ何か新しい活動をしたいですね。今度はどこか一つの団体で腰据えてやろうかと思いつつまだ模索中です。卒業までに決めねば…!

 

ではでは。

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