2014年3月8日土曜日

【デジカメじゃなくて】はじめて海外に行ったときの話【写ルンです】

こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
私は1月に卒論を提出してからというもの気の抜けきった生活をしておりました。
そういうわけでこれが今年初の投稿です。あけましておめでとうございます。

本当に2月が知らない間に終わっていてあ然としてるんですが、雪がやたら降ったことは覚えてます。「恋人といる時の雪って特別な気分に浸れ」るそうですね。もうなんか爆発四散してほしいです。
というか一部地域ではそんなこと言ってられないくらい大量でしたね。もうさすがにそんなに降ることはないと思いますがみなさまお気を付け下さい。

今回は、私がはじめて海外に行ったときの話です。といっても結局その海外=フィリピンなんですが。
3年前の夏の話です。

何故そんな昔の話をするかというと、もちろんその後の私の留学生活に大きな影響を与えたからというのもあるんですが、正直もう書くネタが……。
しかも4月から社会人になるので、個人として海外へ行ったり国際協力に関わったりする時間はこれまでよりも減るかもしれません。
そういうわけで、正直このブログどうしようか今迷っているところです。

はじめたときに比べて閲覧してくれる方も増えてきていますし、社会人になっても仕事と関係ない部分で何かしら国際協力には関わっていきたいと思っています。
なので更新は(不定期ながら)続けていくつもりですが、書く内容はこれまでと違って体験談ではなくなるかもしれません。ご了承ください。


さて前置きが長くなりましたが、今回は2011年の8月28日から9月10日までの2週間フィリピンに滞在したときの話です。
単なる個人旅行ではなくうちの大学の教授が主催するスタディツアーに参加するという形でした。

このツアーは、フィリピンのスラムで長年にわたって現地調査をされている先生の引率で、そのスラムの家庭でホームスティさせてもらったり、地方で昔ながらの有機農業をしている村を訪れたり、フィリピン大学の学生と交流したりするツアーです。原則として東大の教養学部生対象です。
主催の中西徹先生は有名な方で、ウィキペディアに色々書いてあるので詳しく知りたい方はそちらへ。
それとこのツアーについて先生が紹介している文章も見つけたのでリンク貼っておきます↓

ちなみに、この時はなんといっても初めての海外だったので、私はそれはもうテンパっていました。
どれくらいテンパっていたかというと、デジカメを持ってったら盗られると思って「写ルンです」を持っていったくらいです。
2011年のご時世に写ルンですってお前…と今なら思います。一緒にツアーに参加した人全員からツッコまれました。

(念のため書くと、フィリピンにデジカメ持っていっても即盗られるということはあまり無いです。日本より治安悪いとはいえそんなにスリとか強盗とかバンバン起こっているわけじゃないですし、私自身は留学中の1年間何の被害も遭いませんでした。)


2011年8月28日、私は他の参加者と一緒に成田からマニラ行きの便に乗り込みました。
飛行機が着いたのは夕方だったので、その日の予定はゆっくり宿で休むだけです。
夕飯を食べているときに長身の先輩が梁に額をぶつけて初日から流血沙汰になった、というハプニングを除けば無事に1日目は終了しました。


次の日は1日観光です。主にマカティという富裕層向けの街を見て回りました。



昼食を食べたレストラン。この写真だと全く伝わりませんが建物が全体的に高級な感じです。

マカティには高層ビルが多く立ち並んでいるのですが、それを初めて見た時「フィリピンにもこんな日本みたいなビルとかあるんだ」などとかなり失礼なことを考えたのを覚えています。
今から思えば「そりゃそうだろ」と思うようなことですが、当時は途上国にもお金持ちがいることや、彼ら向けの街・サービスがあることなどが全く想像できていませんでした。

こういう当たり前のことが当たり前にわかるようになるというだけでも、実際に外国に行く価値があるなと思います。


そして3日目。この日は早朝からサマール島というマニラから見て南東の島に向かいます。
ちなみにサマール行の飛行機は朝5時半発で、私たちは朝(というか夜)3時半起きでした。初めて来た海外で3日目に3時半起きです。なかなかハードですね。
しかも島に昼ごろ着いたと思ったら有機農法を見るためすぐに農村へ。なお、この農村は山の中にあり、畑は中でも山の上の方です。
つまり午後の一番日差しのキツイ時間帯に延々山を登るという苦行をこなさなければなりません。ハードというか、死にますね。
何人かギブアップする人も出る中、私はなんとか最後まで登り切りました。これは自分でも頑張ったなと思います。

とはいっても、私たちが最後まで登れたのはあきらかに村の方が水を分けてくださったからでした。手持ちの水なんて速攻で尽きてしまったので、途中で村の方に頼んでペットボトルに水を補充させてもらいました。それもほぼ全員なので結構な量を。
もちろんこの村に来ることは事前に先生が伝えてあったと思うので水もあらかじめ準備してくれていたのだと思いますが、それにしたって村の方にとっては貴重な水をちょっともらいすぎてしまったなと反省しました。(まあ脱水症状で倒れるよりましですが…)

4日目は、サマール本島から少し離れた小島へ船で向かいました。
そして今日も炎天下のなか山を登りました。しかし今日はみんな水着&ビーサンです。
(もちろん水着の上にさらに普通の服を着ています。)
なんでそんなことになったかというと、ここの海は綺麗だから後で海水浴をしようという話が出ていて、その前に「近くにある」村を見てから行こうということになったからです。「ちょっと山を通るけど昨日ほどじゃないから大丈夫だよ」という先生の言葉を信じて水着スタンバイでついて行ったわけですが、大変さは前日と全く変わらなかったよ!?どういうことなの?!

先生は少しお茶目な人です。

※ちなみに、私はなんだか嫌な予感がしたのでみんなとは違いスニーカーを履いて行きました。こんなに自分の勘に感謝したのは人生で初めてです。


山登りのゴール地点。左奥にいるのが中西先生です。

写真で伝わるかわかりませんが、みんなこの時疲れ果ててグロッキーでした。先生もグロッキーです。
手前に写っているのは後輩の子です(ガイドみたいな恰好をしていますが違います)。
やけに誇らしげに何かの実を掲げていますが、これ何の実だったかもうさっぱり思い出せないんですよね。すごく気になる……。
こういう情報が何も残ってないあたりに当時の私の未熟さが表れてます。今はもう少しちゃんとメモ取ったりしていますしもちろんカメラはデジカメです。

(※3/18追記
この後輩いわく、手に持っているのはグアバだそうです。彼女はここに写っている現地の子の名前まで覚えていました。若い子はやっぱり記憶力が違いますね………。)

真ん中に後ろ向きで写っているのが現地の子です。私達をここまで連れてきてくれました。あと写ってないですが、ココナッツの実をその場で割ってココナッツジュースを飲ませてくれたおじいさんもいます。
当たり前ですが彼らはへばってません。強いです。
それもそのはずで、農薬を使わずに育てているため1日1回はここまで登ってきて草取りをしなくてはいけません。それを毎日やってたら体力もつきます。

ここでは村の方の主食であるキャッサバや、マンゴー、ぶどう、バナナなどが育てられています。
山のなかは全く区切られてなくて、一見人が管理している土地には見えません。でも実際はきちんとどの土地がどの家のものか決まっていて、村の方はみんなそれを把握しています。またパッと見るとすごく雑で色々な草が生えているようでいて、毎年どこにどの作物を植えるかきちんと決められていて連作はしないようになっています。村の生活の中で受け継がれてきた知恵の一つです。

実を言うと、離島の方々は「有機農法は体に良いから」というような理由で無農薬を実践しているのではなく、単に農薬を買うお金が無いから昔からやっている方法を続けているらしいです。それでも、こうした伝統的な無農薬農法の中に現代の有機農業のヒントがあるのではないか、と先生はおっしゃっていました。温故知新です。


ホテルは本島にあるので、離島へは日帰りです。遅くまで海で泳いでいたせいで帰りの船(船頭さんがこいでくれるタイプのボート)に乗る頃にはもうすっかり夜になっていましたが、そのときの星空は本当にすごかったです。「星が降る」というのをリアルに感じさせる空でした。みんな阿保みたいに上を見上げていたのではたから見たらけっこう面白かったのかなと思いますが、そうならざるを得ないくらい豪華な星空でした。あれは人生一度は見ておくべきだと思います。


5日目はサマール島に滞在する最後の日なので、午前中にホテル近くの農村へ行ったあと午後からはお土産を買う時間になりました。


 サマール本島のみやげ物屋。写っているのはさっきとは別の後輩です。

この店でフィリピンに来て初の値切りに挑戦しました。後ろに写っている店主のおばあさんと話し合った結果、500ペソ(今のレートで1100円くらい)のバッグが450ペソに。
ぶっちゃけもっと安く出来ただろと今なら思います。が、この時は私も後輩も(私だけじゃないと信じたい)とにかく「値切り交渉をした」という事実にテンションが上がりまくりでした。微笑ましいですね。

みなさんもフィリピンで買い物するときはぜひ値切り交渉してみてください。単純に安くなってお得というのもありますが、店の人とおしゃべりするきっかけになります。フィリピン人はみんなおしゃべり大好きなのであまり嫌な顔はしません。もちろんどれくらい値切れるかは自分の腕次第ですが(私は大抵手ぬるいと言われます)、上手くいけばお互い笑顔のままより安く買い物できます。

本当は今回スタディツアーのこと全部書ききる予定だったのですが、既に大分長くなったのでここで一旦切ります。
さすがにこれだと中途半端すぎるので、続きは10日以内にアップする予定です。

ではでは。


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2013年12月31日火曜日

【ギリギリ】ネパールの小中学校で授業した話【年内投稿】

こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
私は先日卒業論文の初稿を無事書き上げて担当教授に送りました。書き上げたというか書きあがったことにしたと言った方が正確ですが。
自分でも英文が酷すぎる自覚はあるので、今頃あまりに修正のしようがなくて教授は頭を抱えていらっしゃることでしょう。ただでさえお忙しいらしいのに…。
これがもとで教授がノイローゼになったらとりあえず土下座でもしようと思ってます。

それはそうと、今回は9月に行ったネパールの話です。
既に写真はリアルタイムで何枚かアップしましたが、どうせなら活動内容もちゃんと書こうかと。
さくら寮やバジャラバラヒ村での活動内容については既にそれなりに書いたので、今回はチャンダンプール群の小中学校について。
(以前投稿した写真は、9/19~10/1投稿の記事に載っています)

2013年9月19日から28日の10日間、チャンダンプール群のカレシュワリ中等学校というところを訪れて授業をしました。



村の景色。カトマンズから車で数時間ではありますが、山の中にあるのでそれなりに田舎です。


ここには日本から青年海外協力隊員の方が派遣されていて、その方に通訳など色々と助けてもらいつつ授業をするという形です。ネパール語は私含めほとんどの人がゼロスタートだったので。

授業といっても算数や国語などのお堅い科目ではなく、遊びなどを通じて日本文化を知ってもらおうというものです。
この学校は幼稚園と1年生から8年生(日本での中学2年)まであるのですが、私達の授業では幼稚園+1~3年、4~6年、7・8年の3クラスに分けて教えました。
以下の写真は全部「幼稚園+1~3年クラス」です。




折り紙を折っています。


子どもたちは普段折り紙をしないので、簡単に作れる「猫の顔」や「犬の顔」を折ってもらいました。
顔を自由に描かせたらみんな独創的なのを描いてくれました。



ネパールは冬寒いそうなので、おしくらまんじゅうを教えました。
やっぱり小さい子はこういう単純に体を動かすのが好きなようで。予想以上にヒートアップして少し焦りました。


私は幼稚園と1~3年クラスの授業を担当したのですが、低学年でしかも言葉が通じない子供たち相手に何かを伝えるのはとても難しかったです。
(特にネパール語が激むずなのもあります。発音の種類多すぎて意味分からん……タガログ語の100倍はキツイ気がします。)


でも子供たちは楽しんでくれたようなので助かりました。みんなスレてないので、「つまんねーよ!」とか言い出さないとても良い子たちでした。
むしろテンション高すぎるので、それを押さえて言うこと聞かせるのが大変でしたね。小学校教員ってすごい。



写真が今手元にないですが、4~6年生の授業ではストーリーメイキングやしっぽ取りなどを、7~8年生では先生紹介や理科の実験などをしました。
ストーリーメイキングは、自分でヒーローと敵のキャラクター、その倒し方を考えて絵を描くというものです。みんな授業中はシャイなのか、全員1回は前に出て発表させたのですが、ほんの2・3言だけ話してすぐ席に戻るという子もけっこういました。

最終日は、1日企画として縁日をやりました。射的や輪投げなどの各ブースを順番に回ってもらった後はどら焼きでおやつタイム。


射的。



どら焼き。


おやつを食べた後は、各クラスで練習してきたダンスの発表をしました。


幼稚園と1~3年の「大きな栗の木の下で」。ネパール語版があったので、みんな歌いながら踊っています。




4~6年の「マイム・マイム」。このネパール語歌詞は4~6年担当の日本人の子が作ったのですが、なぜか協力隊員さんと日本人留学生の方にバカ受けでした。


7~8年の組体操。身長差が激しいので組み分けに苦労していましたが、なんとか成功しました。
ちなみに、左の山の一番下の段右側にいるのはネパール人じゃなくて日本人です。完全に溶け込んでますけど。


縁日の後は送別会を開いていただき、10日間のチャンダンプール滞在は終わりとなりました。


最後に、ネパールの教育と日本の教育の違いについて。

協力隊員の方含め多くの人が、ネパールは日本に比べて詰め込み教育・暗記教育だと言っていました。
確かに、子供たちを見ていると自分で文章を書いたり話を作ったりするのが苦手な印象を受けました。低学年はまだのびのびやっている気もしましたが、特に高学年になると恥ずかしがる子が多いかもしれません。あと、体育や音楽などの授業がカリキュラムに無いというのには驚きました。

それらを合わせると確かに日本よりも詰め込み教育といえます。でも、それは悪いことなのか?と言われると正直よくわからないというのが今の感想です。
日本で詰め込み教育からの脱却として行われたゆとり教育が批判にさらされてすぐ方針転換したのを見る限り、子供の「創造力」や「個性」って本当に社会にもとめられてるの?というところから考えないといけないのではないでしょうか。
また、ネパールに体育や音楽の授業が無いのは多くの人にとって必要ないからかもしれません。というのも、単純に体力面では日本の子よりネパールの村の子の方が多分段違いに優っているし、音楽の授業が無くてもネパールの子供はみんな伝統的な踊りをいくつかは踊れるみたいです。「授業」という形でなくても体を動かしたり音楽に触れる機会があればいいのでは、という考え方も成り立ちます。

一方で例えば、体育の授業や設備がない村の環境では陸上の選手になろうという子はなかなか出てこないだろうから、それが子供の可能性を狭めているとも考えられます。
では、どこまでの可能性、選択肢を子供たちに提供すれば十分なのでしょうか?そもそも教育に「十分」というラインは存在するのでしょうか?

この問題について実はフィリピン留学中から考えてたりするんですが、いまだによくわかりません。もし考えや意見のある方はコメントとかに書いてもらえるとかなり喜びます。



村で見た夕焼け。


せっかく大晦日の更新なので来年の抱負とか書くべきなのかもしれませんが、私は来年になってから抱負を考える派なので特に決まってません。さらに言うと、結局決まらずに翌年の大晦日を迎える派でもあります。
というか、私の周りでちゃんと毎年抱負を持って生きてる人をみたことない気がするんですが…みんな言わないだけで何かしらあるんですかね?気になるところです。

ではでは、みなさま良いお年を。


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2013年12月24日火曜日

【クリスマス感】フィリピン人の就活事情【ゼロ】

こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

今日はクリスマスイブですね。リア充はみんな爆発してください。
私は元気に引きこもって卒論書いてますようぇーい。
正確には卒論から逃避していまブログ書いてます。

ところで、先月その卒論の調査のためにフィリピンに2週間ほど行ってきました。1年以上ぶりです。
場所はブラカン州のブストス市というところで、マニラから車で1時間半ほどのところにあります。


ブストス市役所前。(妹の助言で、可愛くモザイクを入れることを覚えました。これまで漂っていた犯罪臭の払拭に成功。)

なのでこの時のことを書こうと思ったんですが、2週間ただただ調査をするので精いっぱいだったので書くネタがないです。
というか調査のことをここで書くと論文に書くことなくなって卒業が危ういです。
どうしようかなと考えていたら、調査地でとあるフィリピン人に言われたセリフを思い出しました。


「僕は仕事が見つからなくて困ってるんだけど、日本はフィリピンと違って仕事がたくさんあるからすぐに就職できるんだろ?羨ましいな」


…………正直ちょっとイラァッときました。

まあこれを言った人は少し大変な事情を抱えていたのでそう言いたくなる気持ちもわからなくはないし、別にその人自身に怒ってはないです。
それに完全失業率はフィリピンより日本の方が低い(フィリピン7%、日本4%)ですし、多くのフィリピン人が職を求めて海外に出稼ぎに行くのは有名な話です。

だがしかし。昨年の今頃ちょうど就活をしていた私は言いたい。
「日本で就活するのは決してラクではない!!」と。

とはいえ私はフィリピンの就活事情を全く知らなかったので、もしかしたら彼らが日本よりも厳しい就活地獄を戦っている可能性もあります。

そこで今回、フィリピンの就活について調べて日本の就活と比較してみることにしました。

※以下注意。
ここから先、フィリピンの就活についての情報はすべて聞いた話であって私が実際に体験したことではないです(日本の方は体験込みですが)。
しかもソースはフィリピン人の友人1人なのであまり確実ではないです。フィリピンで就職しようとしている人はもっとちゃんとしたところで調べることをオススメします。

ちなみに、ここで話すのはあくまで大卒の就活についてです。高卒や院卒などについては全然知識がないので…。


(フリー素材より)

まずは、日本とフィリピンに共通しているものから紹介します。

・パーソナリティテスト
・学力テスト
・面接で聞かれること

この3つはフィリピンでもだいたい同じみたいです。学力テストはいつもあるわけではないそうですが。
面接では志望動機、目標、これまでで一番嬉しかった出来事など聞かれるそうです。日本と似ています。

ですが、共通しているのはこれだけで、あとは全然違います。
以下、違うところについて。

○リクルートスーツ
着ない。
みんなフォーマルな私服で、女子はペンシルスカートまたはスラックスにシャツとカーディガンなど。スーツのジャケットを合わせる人もいるらしいです。
ただ、これにはフィリピンは暑いのでそもそもスーツなんか着ていられないという事情もあります。
服選びが大変そうですが、オシャレ好きな人にとってはこっちの方が楽しそうですね。

○エントリーシート
ない。量が軽いとかでなくまず存在しない。
これは日本よりもかなりラクなんじゃないでしょうか。負担が軽いという意味で。
2~3月のエントリーシート地獄はフィリピンには存在しないようです。

○就活時期
普通は大学を卒業してから。一年中受けられるので、特に何月でないとダメということはない。在学中にインターンをする人はあまり多くない。
学業に専念したい人にはありがたいですね。

○受ける社数
一人5~10社。
少なっ!?
一人で30社50社受ける人も多い日本とはかなり違います。
(ただ、これは聞いた相手がフィリピンのなかでもかなり良い大学を出ているのであまり一般的でない可能性もアリ)。

○トータルの期間
説明会、テスト、面接すべて含めて1日で終わるところが多い。長くて2、3日。
これが一番衝撃でしたね。じゃあもう一瞬じゃねーか!!
日本だと、人によりますが「大学3年の夏にインターン→10月ごろ~セミナーなど→12月~説明会解禁→2月~エントリーシート→4月~面接」
で、たとえ12月に始めたとしても最短で4・5か月はかかるわけです(外資や一部企業除く)。公務員と併願するとさらに3か月くらいかかったり。
それが1日て。一人多くて10社くらいしか受けないってことは最長で10日じゃないですか。なにそれコワイ。

まぁあと、これは聞いてないですけど、絶対フィリピン人は年間150人も就活自殺してないと思います。


総合すると、フィリピンの就活って日本よりすごいラクじゃん!!ってことです。

もちろん、これは就職するためにやることが少ないというだけで、楽に仕事が見つかるかというと別の話です。

それにラクな就活が必ずしも良いかというとそうでもなくて、事前に説明会がないと仕事内容が自分に合っているかわかりづらいし、試験が短いとその分自分をアピールする機会が少ないので企業側がどういう人間か知ったうえで採用するのも難しそうです。就活生と企業のマッチングというやつですね。

ただそれでも「フィリピンは日本よりも仕事がないからかわいそう」ってのは違うだろと。
もともと、途上国での生活は先進国より大変だとか辛いとか、そういった言い方にはうーん?と思ってきたほうなんですが就活については特にそう感じます。


さて、ここまでずっと就活の話で気が滅入った方も多いと思うので、ブストスで撮った風景写真でものせておきます。


ブストス市内のダム。ちなみに日本の援助で作られたらしいです。


実は今日これを書いたのは、クリスマスで浮かれるリア充に対して就活の話をすることでささやかな嫌がらせをしようというのも少しありました。
でもよく考えたら少なくとも今日わざわざネット開いてこれを読んでる人のほとんどは多分非リアなのであんまり意味はなさそうですね。
今これを読んでいる非リアの人は、少なくともここに同志が一人いるので元気出してください。

次は、年が明ける前になんとかネパールのこと書きたいんですけど肝心の写真が見当たらなくて、ちょっとどうなるかわからないです。
もしかしたらしれっと別の話題かもしれないですね。


ではでは。


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