元国際協力NGO職員のブログです。大学時代にフィリピンに留学したときからやっているのでもう10年以上になります。 NGOや国際協力、緊急人道支援、平和構築などについて不定期に色々書いてます。 ちなみにブログタイトルは大学時代の一時期髪が青かったのでつけました。
2022年11月7日月曜日
転職期間中の生活について【優雅に無職生活?】
2021年3月17日水曜日
ブラッドフォード留学記②【ロックダウンで引きこもり生活】
皆さまご無沙汰しております、いかがお過ごしでしょうか。前回投稿から1年以上空いてしまいましたが生きてます。
去年の秋にイギリスから日本に帰国して、今は前と同じNGOの東京事務所で働いています。そして今年4月からケニア駐在として現地に行けることになりました!!(やった~~!)
前からアフリカ駐在になりたいと思っていて、去年授業でガンビアに行ってから余計にその気持ちが強くなっていたので嬉しい限り。
それで、イギリス留学のことはケニアに行く前に書いてしまおうということで今回久しぶりにブログを更新したというわけです(帰国直後に書けって感じですが何せ筆が遅いので……)。
〈帰国直前に行った湖水地方の写真〉
さて、今回は前回書いた留学記の続きということで去年の今頃、2020年3月以降の話になるわけですが、この時期にはもうコロナウイルスがヨーロッパまで拡大していました。なので3月17日(ちょうど1年前!)から大学の対面授業は全て休止になってしまいました。
イギリスは全土が一時的にロックダウンになったため、ブラッドフォードでもショッピングモールは長期間クローズ、市場やスーパーはもともと短い営業時間がさらに短縮されました。外出すると法的に罰則がつく(例外は有り)ので日本よりも厳しい措置といえますが、それでも日本より感染が拡大してしまったのはよく知られている通りです。その原因が何かは分からないですが、向こうで暮らしていたときの印象としてマスクを着けている人が少ない、というのはあります。多分これまでマスクを付ける習慣が全く無かったのだろうなと。
とはいえ、逆に日本で「感染症対策のために皆サングラスつけてください」と言ってもあまり広まらなそうなので、習慣が無い国でマスク着用がなかなか浸透しないのはある程度仕方ない気もしますね。そう考えると日本にマスクを付ける文化が元々あったのはラッキーなのかもしれません。
〈ロックダウン中のキャンパスの写真。良い天気なのに誰も歩いていない〉
そんなわけで引きこもり生活を余儀なくされたわけですが、私は生まれつきインドア派なので正直ほとんど問題はありませんでした。修論の時期になったらそもそもコロナ関係なく皆引きこもらざるを得ないので、それが少し早まっただけという感覚です。
ただ、それでちゃんと研究に集中していればいいのですが、何を思ったのか麻雀牌を買ったりポーカーのルールを覚えたりとけっこう気ままに過ごしてましたね……(ギャンブルばっかやないか、と言われそうですがお金は賭けてないです)。我ながら自堕落大学生のテンプレ過ぎないか??
そんな感じの生活をしていたので当然修論はギリギリまで追い込まれてピンチだったのですが、何とか〆切前に出して無事卒業することが出来ました(出来てなかったら洒落にならない)。ちなみにテーマは「緊急人道支援の調整システムについて」で、以前このブログに書いたことを深掘りしたような感じです。バングラデシュのロヒンギャ難民支援を事例に選んだので自分が現地にいた時から知っていたことも多かったのですが、やっぱり文献調査を通じて体系立てて理解することで初めて見えてくるものもあるな、と感じました。クラスターシステムがまだまだ発展途上なこととか、調整システムの評価にも色々な軸があることとか、それにしてもIOMとUNHCR仲悪いな、とか。
結構面白いテーマだと思うので、関心のある方はぜひ調べてみてください。
〈ロンドンのタワー・ブリッジ〉
そうして9月の上旬に修論を提出して、しばらくイギリス国内を観光してから帰ってきました。引きこもり生活のせいでこれ以上書けることが無いので、今後イギリスに留学する人が知っておくと役立つかなと思うことを二つほど紹介します。
①NHSについて
イギリスの国民健康保険制度のことを略してNHSといい、これは6か月以上のビザを持っていれば外国人でも加入できます。加入は任意ですが入っておいた方が良いと思います。そして何より、最初にかかりつけ医(GP)を登録しておくことが肝心です。何故かというと、いざ実際に体調が悪くなったときにGPを登録しようとしてもすぐには新規登録させてもらえない可能性があるからです。
特に私がNHSを利用したのは去年の今頃で、よりによってコロナが拡大し始めたタイミングで喘息になってしまったのでした。一応喘息の既往歴がある自覚はありましたが、過去に症状が出たのは10年近く前の一度きりだったのに何故今!?という。幸いそこまで激しい症状ではなかったですが、コロナなのではとフラットメイトがかなり気にしていて申し訳ないなあと。なのであまり放置するわけにもいかず、かといってこの状況で何の予約もなしに病院に行くのも良くないだろうとまずNHSに電話しました。そこでGPのことを聞かれたのですが、大学入学手続きの時に合わせて登録していたことを私は愚かにもすっかり忘れており、登録していないと答えてしまいました。するとオペレータから「この病院で新規登録するように」と案内されたのですが、その病院に電話してみるとなんと新規登録は1か月待ち!コロナのせいで完全にパンクしているようでした。これはマズイとなって、そもそもGPとは何かなど色々調べたところ入学時に登録していたことが判明して事なきを得たのですが、これが本当に登録していなかったらと思うとゾッとします。
ちなみに、NHSの手続き自体はスムーズでした。電話越しの問診で診断が下されて医師から薬局に連絡が行くため、病院へ行かずに直接薬局へ行って薬を受け取ることができました。ここには日本とイギリスの考え方の違いがある気がします。日本では少しでも体調に違和感があればすぐ医者へという風潮(少なくともコロナ前までは)があるのに対して、ちゃんと調べたわけではないですが恐らくイギリスではなるべく受診者数を減らそうとしているのだと思います。なので問診も対面ではなく電話越しで完結したのではないかと。医師にしっかり診てもらいたい!という人には不満かもしれませんが、私は体調の悪いときはできる限り誰にも会いたくないタイプなので、かなり自分に合っている制度だと感じました。英語で問診に答えなければいけないのが大変ではありますが、それでも体調が悪いなか外出して医師と面談するよりはマシです。
②銀行口座について
私はSMBCプレスティアの外貨口座を使ったのですが、これがけっこう便利でした。先にポンドを一年で使いそうな金額分買っておくことで為替リスクを減らすことができます(*)。デビットカードを使って口座内のお金を現地のATMから直接引き出すことができ、オンライン決済にも使えます。
なのでこの口座さえあれば現地でほとんど生活に困らなかったのですが、一回だけイギリスの銀行口座からでないとできない支払いがありました。最後の1か月だけ住んだ寮が現金やデビットカードの支払いを受け付けておらず、結局その時は友人に立て替えてもらったのですが、こうしたケースもあるので時間に余裕があるなら現地の銀行口座も開いた方が無難だと思います。また、プレスティアの口座はある程度お金を入れておかないと口座管理手数料を取られるので注意が必要です。
(*)リスクを減らすというのは「振れ幅を減らす」という意味なので、損をしないという意味ではないです。ポンドを買った後に円高ポンド安になったら損になります。(元証券マンっぽい説明)
〈ヨーク城。ヨークはブラッドフォードから1時間程度で行けます〉
最後に、ブラッドフォード留学の特徴をまとめておきます。
・本当に色々な国の留学生と交流できます。これについては多分ブラッドフォードの平和学部がイギリス国内でも随一ではないかと思います。もちろん年によって多少変わりますしある程度国や地域の偏りはありますが、国際色に満ちた環境が好きな方にはかなりおススメできます。
・平和・紛争・開発コースはかなり実務家向けで、留学生の大半が実務家志望あるいは実務経験者になります。上述の通り国籍のバリエーションが豊富なので、授業中に色々な国の事例をもとに議論ができて学びが深まります。
・とにかく気候と食事が厳しいので覚悟した方が良いです(笑……えない本当に)。夏は晩秋~冬よりもマシですが、それはそれで日が長すぎてしんどいですね。朝4時から夜10時頃まで日が出ているので、、。
・ブラッドフォードでいわゆる「イギリスっぽさ」を感じることはまずありません(断言)。なので、イギリスを体感するには観光をおススメします。ロンドン、湖水地方、ヨークなど帰国直前に色々行きましたがどこもすごく良かったのでぜひ。
大体こんなところでしょうか。次はケニアのことを書けたら良いなと思いますが、予定は未定です。それではまた。
2020年2月4日火曜日
ブラッドフォード留学記①【イギリスというよりパキスタン?】(後編)
また、それとは別に学期中にグループプレゼンがある授業もあります。これは評価割合が低いわりに準備に時間がかかり、また誰と組むかによってハードルの高さがかなり変わってくるので、メンバーを上手く見極めるのが最重要になります。私のチームは他のメンバーが優秀で特段大きな問題はなかったですが、他チームは色々苦労したという話を聞くので注意が必要です。
ブラッドフォード留学記①【イギリスというよりパキスタン?】(前編)
2019年8月7日水曜日
緊急人道支援の枠組みについて【クラスター制度】
何といっても英語の本場イギリスの大学院への留学なので、今のうちから英語の勉強をしておかないといけないわけですが、私はもともと語学が好きじゃないのもあり何かもう全然やる気が出ない。。。というのが最近の現状です。困ったものですね。
加えて先日、勤め先の部長から「大事なのは自分の中に伝えたい内容があるかどうかだから、最悪英語力は無くても何とかなる」(※超意訳)というありがたいお言葉を頂いたので、部長がそう言うならもうやんなくていいかなぁという感じになってきており……なんてことを言うと流石に怒られそうですね。
さて前置きが長くなりましたが、今回は緊急人道支援の基本システムであるクラスター制度と、そこに関わる組織について話をしたいと思います。これまでの記事に比べると、緊急人道支援の分野で将来働きたいと考えている人向けかもしれないです。
私自身そんなに詳しいわけではないですが、自分の頭を整理するためにも一度まとめてみようということで今回ブログに書くことにしました。
この「クラスター」、英語で書くとclusterですが、直訳すると群れや集団という意味になります。平たく言うとグループですね。
緊急人道支援活動のなかには保健(医療)や水衛生、住居などいろいろな分野があるわけですが、それぞれの分野ごとにクラスターというグループを作って、同じ分野で活動する団体同士お互いの情報を共有して活動内容を調整しましょう、という仕組みがクラスター制度になります。
お互いの活動内容を調整するというのは、一般的な企業の視点から見ると少し奇妙に感じるかもしれません。営利企業は他社より少しでも多く利益を出すことが求められているため、ライバル企業と話し合って事業の内容を決めるなんてとんでもないと言われそうです。ですが人道支援の場合は営利企業と違い、必要な支援を必要とする人々に届けることが最優先です。それをどこの団体が実施するかは本来あまり重要ではありません(実際はそれでも縄張り争い的なことが発生したりするわけですが……)。そのため、ある地域にだけ支援が集中して別の地域には全く行き届かない、といった支援の重複や漏れが起こらないよう、実施団体の間で協力していく必要があるわけです。
機関間常設委員会(IASC)というところが出しているガイドブックによると、クラスターは以下の11個に分かれています。さらにそれぞれのクラスターにはクラスターリードという取りまとめ役の団体が決められているのですが、参考までにそれもカッコ内に記載しました。
①保健(WHO)、②水衛生(ユニセフ)、③食糧(WFP, FAO)、④住居(IFRC※, UNHCR)、⑤保護(UNHCR)、⑥教育(ユニセフ、セーブ・ザ・チルドレン)、⑦栄養(ユニセフ) 、⑧キャンプ運営(IOM, UNHCR)、⑨早期回復(UNDP)、⑩ロジスティクス(WFP)、 ⑪緊急時通信(WFP)
※IFRC=国際赤十字赤新月社連盟
ちなみに、クラスターの代わりに「セクター」という言葉を使うこともあります。私もこの記事用に調べていて初めて知ったのですが、この二つは厳密には違っていて、調整役としての責任をクラスターリードが負う場合をクラスター、現地政府が負う場合をセクターと呼ぶそうです(出典はこちら)。ですが、同じ分野で活動する団体間の調整メカニズムという意味ではどちらも同じです。
また、全ての人道支援活動地でクラスターやセクターが立ち上がっているわけではありません。これはあくまでも各団体間(特に国際的な支援団体間)の調整の仕組みなので、逆に言えば海外からの支援があまり入っていないような場所では要らないことになります。実際、私がこの間までいたインドネシアのロンボク島にはこうした制度はありませんでした。その場合は、各団体が自分たちで個別に現地政府や住民の方々と調整しながら進めていきます。
ここまで「調整」という言葉を再三使ってきましたが、では具体的にどんなことをしているのか?という点について、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを例に説明します。
(※なお、現場の状況はその時々によって変わるので、これはあくまで私が現地にいた2017年12月~2018年10月頃の情報を基にしていることを念頭に置いておいてください。また、バングラデシュの場合厳密にはクラスターではなくセクターになります。)
2019年4月3日水曜日
緊急人道支援NGO駐在員の仕事【バングラデシュ難民キャンプ】
私はというと仕事で色々とあるのに加えて、先月猫に引っ掻かれて狂犬病ワクチンを追加接種する羽目になる(詳細はツイッター参照)など、波乱万丈な感じの日々を送っています。
さて今回は、というより今回もバングラデシュ事業の話です。ただし前回は主にデスク担当のことを書いたのに対して、今回は現地駐在としての仕事内容について書きます。
私の所属している部署は「緊急人道支援」をメインで行っています。緊急人道支援とは、災害が起こった際にその被災者に対して行う支援活動のことを言います。
この災害には紛争(人災)と自然災害の両方が含まれます。また、災害発生直後の活動もあれば、数か月や場合によっては数年経過している地域での活動も含まれます(「緊急」という言葉のイメージからはズレていますが、例えばシリアなどは8年以上紛争が続いているためずっと緊急人道支援から抜け出せずにいます)。一口に緊急人道支援といっても国や事業によって内容が大幅に変わるため、ここに書くのはあくまで一例として考えてもらえればと思います。
バングラデシュ事業は、2017年8月に起こったロヒンギャ難民の大流出を受けて立ち上げられました。隣国ミャンマーのラカイン州というところでミャンマー軍と少数派のロヒンギャ族過激派が衝突したことをきっかけに軍によるロヒンギャ族への弾圧が行われ、60万人以上の人々が難民としてバングラデシュのコックスバザール県へ押し寄せることになりました。
この事態を受け、私の所属団体は現地の医療団体と提携して、まずは巡回診療を開始しました。難民キャンプ内の居住エリアを回り、屋外に椅子と机を並べて診療するという活動です。それからしばらくして、診療所の建設と運営も始まりました。
私は9月の立ち上げ時からデスク担当(*)として携わっていましたが、12月に駐在の方が一時帰国することになり、初出張で一か月間現地へ行くことになりました。
(*)デスク担当の仕事内容については前回の記事参照。
難民キャンプに行くのはこれが初めてでしたが、「家がものすごく密集している」というのが第一印象です。
大流出よりも前から逃れてきていたロヒンギャの人々や元々その土地に住んでいるバングラデシュ人の人も含め、キャンプ全体で100万人以上が生活しています。簡単な店や市場もあって、一見にぎやかな普通の村のようにも見えます。ですが、治安を管理するバングラデシュ軍やたくさんの国際NGO・現地NGOの姿が見えるという点は普通の村と異なります。
これだけの数の人々に対して自分にどれだけのことが出来るのか、ということを考えながら、目の前の仕事に奔走するうちにあっという間に出張期間が過ぎていきました。
その後日本に戻ってまた数か月間デスク業務を行ったのち、昨年5月から駐在としてバングラデシュに赴任しました。この頃になると出張時に比べて多少キャンプ内の環境が整ってきているようでした。緊急人道支援の活動には色々な時期のものが含まれると冒頭で書きましたが、どのフェーズの活動かによって事業内容も個々人に求められるものも違ってきます。
災害発生直後は混乱した状況の中でとにかく大量のニーズに迅速に対応することが求められますが、発生から半年以上経過したこの時期では、長期的・安定的に活動していくための基盤を整えること、また活動自体の質を上げてより細やかなニーズに対応することが要求されます。
駐在としての仕事内容は色々とありますが、一言で言えば「事業運営」です。もう少し詳しく書くとおおよそ以下のようになります。
・現場視察
・各種報告書作成・会計管理
・ニーズ調査、新規事業立案/事業拡大
・調整会議への出席
この中で、「調整会議」という言葉はあまり馴染みがないのではないでしょうか。
緊急人道支援の場合、災害が起こった後に様々な支援団体が一斉に被災地に入ることになりますが、そうすると当然支援内容が被ったり逆に不足する領域が出てきます。そうした事態を防ぎ、かつ迅速に支援を行うために、それぞれの団体の活動内容をお互いに把握して調整するための会議が行われます。それが調整会議です。医療・水衛生・食料・住居といった活動の分野(セクター)ごとに行われることが一般的です。私は医療と、その下部セクターであるメンタルヘルスの調整会議によく出席していました。
バングラデシュの難民キャンプに関する調整会議の内容は以下のサイト上で一部公開されているので、関心のある方は閲覧してみてください。
https://www.humanitarianresponse.info/en/operations/bangladesh
この調整会議を通じて、自分の事業からだけでは得られない様々な情報を得ることが出来ます。広大なキャンプの中のどの地域に、またどの人々(年齢・性別等)にどんなニーズや課題があるかを知ることで自分たちの活動に活かすことができ、新規事業を考える手掛かりにもなります。また、ビザやセキュリティなどについての情報も得られます。
そんな有益な会議ですが、約半年間出席した感想はというと。
難易度たっか!!!
この一言に尽きます。
もうね、まず英語が速すぎるんですよ。会議の参加者は国連機関か大手NGOのスタッフがほとんどで、常日頃から英語で仕事をしている人達なわけです。それに加えて私は専門知識もない状態で飛び込んだので、初めの頃はついていくだけで至難の業でした(というかスライドや議事録が無かったら詰んでいました)。
ちなみに、会議で使われるのはベンガル語でも、ましてキャンプの住民間で使われているチッタゴン方言やロヒンギャ語でもなく、圧倒的に英語です。これはおそらく複数の国際NGOが入るような現場であればどこも同じです(フランス語圏を除く)。災害発生後すぐに支援を開始することになるため、支援団体スタッフが現地語を習得する時間がないからです。事業を実施する際は英語のできる現地スタッフを雇用するか、提携団体の英語のできるスタッフを通じて意思疎通をすることになります。
現地語を習得せずに英語で仕事ができるのは便利な一方で、会議が早口の英語で行われ、また多くの場合外国人(バングラデシュ人以外)がリードするため、現地の中小のNGOが排除されているようにも感じました。実際会議に出ているのは国際NGOか大手の現地NGOがほとんどで、現場で見かける中小の団体はあまり出席していなかったように思います。
……まあ、結局そう思ったところでそういう意見を出して変えていくためにはもっと発言力をつけないといけないし、そのために英語や専門知識をもっと磨いていかないといけないわけですが。(私本当に英語好きじゃないんですけどね……)。
緊急人道支援を志す方は、もう耳にタコだとは思いますがやっぱり英語は必須なのでお互い頑張っていきましょう。
(2019/4/3追記)
同業の方曰く、緊急人道だけでなく開発分野でも調整会議は存在するそうです。そしてそちらも英語(又はフランス語)で行われるとのこと。なんか余計世知辛い……。まあ語学苦手な人間にとっては現地語覚える方が大変なので良いっちゃ良いんですが。英語サボりがちなのでもっと頑張ります。。。
(追記終)
ここまで書いて、「そもそも医療分野の事業なら患者さんを診たりするのが一番の仕事なんじゃないの?」というもっともな疑問を持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか。
結論から言うと、私は医療従事者でないので医療行為は一切していません。実際の診療については、現地の医療事情にも詳しいバングラデシュの医療団体が担っています。また、医療以外の活動、例えば今担当している水衛生分野の活動であったとしても、実際に給水活動や工事などを行うのは主に現地スタッフの仕事です(フェーズや事業内容によるので一概には言えませんが)。
現地駐在は実際に体を動かして働くというよりは、それをチェックしてマネジメントすることが仕事になります。いわゆる管理職のような立場です。管理職であるため、提携団体や現地スタッフ、支援対象の人々、同業の他団体、現地の行政や軍などなど、多数いる関係者間を調整する力が重要だと感じます。また、事業全体を見渡して足りないところやもっと伸ばすべき部分を見極めて実行に移す決断力も大事だなと。自分の手で事業を回せる、状況の変化に応じて自分で判断して動けるというのは現地駐在の大きな魅力の一つだと思います(そういう意味では起業家に少し近いかもしれません)。
ただもちろん、管理職とはいっても現場を見ないというわけではありません。セキュリティの問題で入れない事業地を除いて、基本的に現場にはよく足を運ぶべきと言われていますし、やっぱり現場を直に見れることは駐在の良いところです。それこそ難民キャンプなんてこの仕事に就かなければ縁のない場所であって、それを自分の目で見て知ることでたくさんの気づきを得ることが出来ます。将来的に本部部署で働くことになったとしても、現場経験が有るのと無いのとでは仕事の結果もかなり違ってくるだろうなと思います。
そうして約半年間バングラデシュ駐在として過ごしたのち、インドネシアでの事業が人手不足だったことなどの理由で11月からそちらの担当となりました。今も駐在としてロンボク島に滞在しています。
同じ現地駐在といっても、こちらの事業は開発寄りの活動なこともあってかなり仕事内容が異なります。今回書いたことも、一部は当てはまりますが当てはまらない部分も多いです。そちらについてはまたの機会に。
























