2019年2月10日日曜日

緊急人道支援NGOの仕事内容【イラク、バングラデシュ等々】


皆様いかがお過ごしでしょうか。私はようやく渡航準備が整い、約一か月ぶりにインドネシアに来ています。
数日前にジャカルタのインドネシア博物館に観光に行ったのですが、すごく充実していました。広い敷地内にいくつもの博物館やコモドドラゴンがいる爬虫類動物園?があり、特にある博物館で民族ごとの結婚衣装がずらっと並んでいたのは壮観です。一日では全然回り切れなかったのでもしがっつり見たいという方は2~3日確保されるのをおススメします。


(博物館内は撮影禁止だったので代わりに敷地内の水辺の写真。天候も良く絶好の観光日和でした)

さて観光の話はこのくらいにして、今回はようやくNGOで普段している仕事内容についてです。
うちの団体は日本をベースにするNGOの中ではかなり規模が大きく、活動内容も幅広いので全てを一つの言葉では説明できないですが、私の所属している海外事業部は「緊急人道支援」をメインに活動しています。
緊急人道支援とは、紛争や自然災害などの緊急事態が起こったときに、その被災者に対して行う支援活動のことを言います。レスキューのような人命救助も含まれますが、私たちの部署はむしろ住居や水、医療など「生活」全般に対する支援を主に行っています。
ちなみに、「開発支援」という言葉もありますがそれはまた少し違うものになります。「国際協力」と言うとこちらを思い浮かべる方が多いかと思いますが、開発支援は事業地の社会の中にある課題を当事者と一緒に解決していくというもので、緊急人道支援よりも長期的になることが多いのと、緊急事態の有無は関係ないという違いがあります(こんな説明の仕方をすると開発に詳しい方から「雑過ぎる!」と怒られそうですが、大目に見てもらえると嬉しいです。字数もないし)。


2017年の7月に前職の証券会社(*)を辞めて今の団体に入ると、まず最初にイラク事業を担当することになりました。
(*)証券会社時代の話についてはこちらの記事参照。

ここで言う「事業担当」とは現地で事業を運営する駐在員ではなく、現地から上がってくる情報をもとに日本で様々な書類仕事を行ういわゆるデスクワーカーを指します。なので入って間もない新人の頃にいきなりイラクへ派遣された、というわけではありません(我らが部長はムチャ振りで有名なのですが流石にそんなことはしません)。
ちなみに何故イラクかというと自分で希望したからですが、実は特に強いこだわりがあったわけではないです。うちの団体の事業の中でイラクが一番規模が大きくて歴史も古いというのと、なんとなく「紛争地といえば中東」というイメージがあったというだけに過ぎません。同期や後輩の中には特定の国や事業に対して強い気持ちを持って入ってきた人もいますが、一方で私のようにあまり地域にこだわらない人も意外と多いです。緊急人道支援の場合は開発と違って大抵の人が数年のスパンであちこちの被災地に派遣されるからかもしれません。

デスク担当は通常複数の事業を担当するため、イラク事業を見る間にネパールの洪水被災者支援やパレスチナの生計支援も一時期だけ担当していました。そうして1か月ほど過ぎたころ、南アジアでロヒンギャ難民の大流出という事件が起こりました。
当時ニュースにもなりましたが、8月25日にミャンマー軍が国内の少数派であるロヒンギャ族の過激派と衝突し、そこから暴力の連鎖がロヒンギャの人々の住む地域に広がりました。そのためロヒンギャの人々が一斉に避難し、60万人以上が難民として隣国のバングラデシュへ押し寄せるという事態になりました。
これを受けてうちの団体はバングラデシュの難民キャンプで医療支援を行うことになり、その事業を担当することになりました。
バングラデシュでは団体としてそれまで事業を行ったことがなかったので、全てを一から作り上げることになります。そのためバングラデシュ事業に次第にかかりきりになり、当時イラクの方は情勢が悪化していて出張に行けなかったこともあって途中からほとんどバングラデシュ専任のような形になっていきました。

(バングラデシュの難民キャンプ。たくさんの家がひしめき合って建っています。)

このようにデスクの頃は色々な事業を担当しましたが、基本的にどの事業においてもデスクの主な仕事内容は一貫しています。それは、「現地駐在のサポートとドナー対応」です。
うちの団体が緊急人道支援活動をするさい、支援者の方々からの寄付に加えて外務省やジャパンプラットフォーム(*)という団体から助成金を頂いて事業を運営することがほとんどです。そして助成金を獲得するためには申請書の提出が必要で、かつ事業期間中の進捗報告や、終了後の会計報告や事業報告がドナーから求められます。それらのドナーへ提出する書類は基本的に現地駐在がドラフトを作成しますが、それらをチェックし、足りない情報があれば現地に確認して追記したり文章を修正したりして最終版を作成し、ドナーへ提出するのはデスクの役割です。また、提出後はドナーから色々な質問や要望が来るため、それらに窓口となって対応するのがデスク担当者となります。日本側で行う監査の準備・当日対応もデスクの仕事です。
(*)ジャパンプラットフォームはその名の通り「プラットフォーム」であって厳密には「ドナー」ではありませんが、簡単のためにここではそのように記載しています。

「どの事業地でも仕事内容同じなんだったら、一回経験すればあとは楽勝なんじゃないの?」と思われるかもしれません。確かに先にイラクなどの事業担当を通じて基本的なことを押さえていたので、バングラデシュ担当になったとき楽になった部分はあります。ただ、それはあくまで大枠が同じということであって、デスクの難易度は現場の状況によってだいぶ変わるというのが現在の私の実感です。
というのも、イラクのように長年やってきた事業地では既に会計や報告のシステムが日本側・現地側ともにきちんと出来上がっているので、基本的にはそれに沿って確認や修正を行えばよいということになります。
一方バングラデシュはというと、先に書いたように団体として初めての事業地で、かつ大規模な難民流出が起きてからまだ数か月しか経っておらず現場は相当混乱していました。さらに現地の提携団体も初めての提携相手であるため、お互いのルールを一つ一つ明確化していく必要がありました。
特に会計を見るのに初めかなり苦戦しました。デスクの仕事は本来現場から上がってくる会計データをチェックして予算消化の進捗管理や会計報告の作成をすることですが、そもそもそれをするための会計システムが整っていないため、それを一から整理するという任務が課せられました。もともと私は数字には自信があったのですが、特にこれまで業務として経理を担当したことはなく事業の運営に関わったこともないため、全体のお金の流れがなかなかイメージできない、という問題がありました。
それで結局どうしたかというと、当時東京事務所にいたベテランスタッフ二人に一から叩き込んでもらってなんとかかんとか身についた、という感じです。
余談ですが、このお二人どちらも他の事業地に配置転換する直前にそれぞれの事業の事情で渡航予定が延びていて、たまたまこの時期少し手が空いていたのでバングラデシュ事業を見てもらえた、という経緯があります。我ながら強運。


さて、ここまでデスク担当の仕事について色々書いてきましたが、正直地味やな~~っ!!って感じじゃないですか?ええ、全くもってその通りです(笑)。
「国際協力」とか「海外支援」というとやっぱり現地に行ってバリバリ活動するというイメージが強いですし、何といっても支援相手の顔が見えるので自分たちの活動が現地の役に立っているという実感を得やすいです。そのため「とにかく現場が好き!」という人は周りにも多いです。

ですが、私はデスクにはデスクの魅力や利点があると思っています。なかでも、いろいろな事業地を同時に見ることができるというのは駐在にはない魅力です。もちろん駐在先でも世界中の紛争や災害に関する情報を手に入れることはできますが、やっぱり目の前の事業にかかりきりになりがちです(もしかするとベテランの人はそんなことないのかもしれませんが…)。その点デスクだと複数の事業を受け持つため、仕事として半ば強制的に複数の地域に対してアンテナを張ることになります。
もう一つの利点は、日本の他のNGOやドナーについて知ることができるということです。これは特に私のような他業種から転職してきた人間にはありがたいです。
さらに、個人的には日本にいながら緊急人道支援ができるというのは結構大きいんじゃないかと思います。これはとにかく早く海外に行きたいという人には当てはまりませんが、逆にいきなり紛争地や被災地に行くのはちょっと…、という人や、何かしらの事情があってすぐには日本を離れられないような人であっても支援に携われる(それもかなり大きな割合で関われる)というのはもっとアピールされても良いのかなと思います。

私の場合は緊急人道支援の団体に入るのが初だったので、最初にデスクとして落ち着いて事業や手続きの流れを学べたのはかなり良かったなと感じています。入った当初はぶっちゃけ早く駐在になりたかったのですが、途中からまずデスクの仕事を一通り覚えてから駐在に行くという方針に変え、結果的に10か月ほど東京事務所で働きました(ちなみにうちの団体はわりと配属地や異動タイミングの希望を聞いてもらえる印象です)。

さて、本当はこの次に駐在の仕事について書いて、駐在とデスクそれぞれの違いや魅力を比較する予定だったんですが、気づいたらもう自分の中の目安である3500字をとっくに超えているわけです。あれおかしいな??
数字には自信あるんじゃなかったのかと突っ込まれそうですがそれとこれとは別の能力なので……ちなみに申請書は文字数制限がありません。

というわけで、駐在の仕事についてはまた次回にしたいと思います。ただ、日本で待機中だった先月と違ってもうインドネシア事業が動き出したので次いつ投稿できるかわかりませんが……。一応今月中の投稿を目標にしてますので、また良かったらお読みください。それでは。

2019年1月26日土曜日

ボヘミアン・ラプソディ最高でした【日英の難民保護制度の話】


皆様こんばんは。いかがお過ごしでしょうか。私はインドネシアへの出張を来月に控えてワクワクしているところです。

ところで皆さん、ボヘミアン・ラプソディはもうご覧になりましたか?

 
(映画.comのHPより。 https://eiga.com/movie/89230/)

もしかすると「いや、今更かよ(笑)」と言われそうですが、このあいだまで仕事でバタバタしていたので大目に見ていただきたい。
以前から気になっていて、周りの人からの評判もすごく良かったので観たいとずっと思っていたのですが、先日ついに映画館へ行ってきました。で、感想ですが。
 
最高すぎるので全人類が一度は観るべき。
 
どれくらい最高だったかというと、家帰って気づいたらAmazonでサントラを買っていたというレベルです。
私これまでクイーンってあまり聴いたことなかったんですけど、これはハマりそうですね。というか当時リアルタイムでライブ・エイドを観てた人羨ましすぎる。

さて、映画でも少し触れられていましたが、フレディはもともとイギリス生まれではありませんでした。ザンジバルという現在タンザニア領の島に生まれ、17歳のときに英国へ難民として逃れてきたそうです。
※詳しくは以下の記事がわかりやすいので、ご興味のある方はどうぞ。

私は仕事柄、難民と一口に言っても色々な人がいることは知っていましたが、「あのフレディ・マーキュリーが難民だった」というのはけっこう驚きました。


そんな折、ちょうどイギリスの難民保護制度に関するセミナーの案内が来たので行ってみることにしました。この前の月曜のことです。
興味深いセミナーだったので、今回はそこで学んだことについて書いていきます。(前回「次はNGOの普段の仕事について書く」と言いましたが、こっちの方がタイムリーな話題なのでつい……。)

こちらのセミナーですが、イギリスと日本の専門家を呼んでそれぞれの国の難民保護制度の現状について学ぶというもので、「なんみんフォーラム(Forum for Refugee Japan:FRJ)」という団体が主催でした。

「イギリスと日本の難民保護制度を学ぶ」と書きましたが、それは裏を返せば日本にも難民がいるということです。
あまり知られていませんが、日本でも毎年多くの人が難民として申請をしています。
では、具体的に何人くらいいるのでしょうか?

以下の法務省HPで正確な数字を見ることができます。
これによると、平成29年(2017年)は申請者数が19,628人だったのに対し、難民として認定されたのは20人、人道配慮による在留許可が45人で、合計65人が日本に在留する許可を得ました。申請者全員が年内に審査結果が出たわけではないと思いますが、それを脇に置いて概算すると、在留が許可された割合は約0.3%になります。
いや0.3%って低すぎない?って感じですよね。住宅ローンの金利かっていう。
つまり海を越えてやってきた人々のうち千人に3人しか日本にいることが認められず、残りの997人は権利を求めて戦うか母国に帰るかしかないということになります。

ちなみにイギリスではどうかというと、セミナーでもらった資料によると2018年9月までの1年間で27,966件の申請があり、難民認定または人道的保護による在留許可を得たのはそのうちの約30%とのことです。

もちろん、イギリスと日本では事情が違うので単純に比較するべきじゃないとは思います。出身国申請者の中には、例えば日本に在留して単に高い収入を得るために難民申請しているという人もきっとゼロではないでしょう。
ただ、それにしたって日本の認定率低すぎるのでは?という思いはありますが……。

ここまで、難民として認定する/しないという話をしてきましたが、そもそも何をもって難民と言うのか?という点について簡単に説明します。
「難民条約」という条約があり、第1条で難民が定義されています。長いのでここで引用するのは避けますが、ざっくり言うと「人種や宗教などの理由で迫害される可能性があるため母国から逃げてきた人」となります。
ポイントは、「迫害」される可能性があるので逃げてきたということです。「難民」というと何となく貧しい子供などをイメージしがちですが、経済的に貧しいというだけではここでいう難民にはあたらないことになります。
難民条約では難民の定義だけでなくその権利(例えば、追放や送還をされないなど)も決められています。日本もイギリスもこの条約に加盟しているので、申請をして難民だと認められた場合は正式に在留する権利を得ることになります。

では、難民として申請すると具体的にどのような流れで審査が進むのでしょうか?また、申請中はどんな保護が受けられるのでしょうか?

まずイギリスの場合。難民申請をすると、まずスクリーニング面接というのを受けます。これは申請した後比較的早く実施されるそうです。ここで氏名や国籍など簡単な質問に答えるのですが、重要なのは困窮している場合はこの時点から最低限の住居と食事の支援を受けられるということです。庇護支援というもので、法律でしっかりと定められています。また、審査の結果が不認定となり在留許可が下りなかった場合でも21日間の猶予期間があり、庇護支援はこの間も継続します。そのため申請者はこの間に次どうするか、つまり決定に異議を出すか、難民であることを示す新たな証拠を入手して提出するか、または自主帰還するかなどを落ち着いて考えることができます。さらに子供がいる場合は21日を過ぎても出国まで継続して庇護支援を受けることができます。

ここまで読んで、皆さんどう感じますか?この体制で充分かと言われるとおそらく色々問題もあるのでしょうが、私は「少なくともすぐ路頭に迷うことはなさそうだな」と感じました。最低限のセーフティネットがちゃんと機能しているという印象です。

では次に日本の場合を見てみます。日本では、申請をしてから公的支援が受けられるようになるまでの間に待期期間が平均41日間あり、この間にホームレスに陥ってしまう可能性があります。また認定・不認定の結果が出るまで平均で2年以上もかかるのですが、それに対して公的支援の支給は平均11か月で終わってしまいます。つまり難民申請の手続き中に公的支援が受けられない期間が長く存在するということです。さらに、審査の結果不認定となるとその日から公的支援の支給はストップしてしまいます。
加えて、そもそも公的支援の利用人数が少なく、全申請者の1%強しかないという問題があります。これは支援を必要とする人が少ないのではなく制度が周知されていないからです。
というのも、イギリスの場合は難民審査と申請者庇護の両方を内務省が管轄していますが、日本では審査が法務省なのに対し公的支援は外務省が管轄しており、審査の際法務省から支援制度の案内等は特に行われていないとのこと。そのため民間の支援団体などから情報を得ないとそもそも支援を受けられるということすら知らない人が多いそうです。

このあたりの制度を私は今回のセミナーで初めて知ったんですが、けっこう衝撃的じゃないですか?母国から命からがら逃げてきた人に対してそこからさらに41日間自力で生き延びろというのもすごいですし、不認定の結果が出たその日に支援をストップするというのもなかなか……。

日本とイギリスなど他の国とでは事情が違うので、今すぐ他国と同じようにするのは難しいかもしれません。ですが、日本にやってきた難民申請者をちゃんと保護することが結局日本社会にとってもプラスになるのではないでしょうか?フレディもイギリスで生活できなければクイーンのボーカルになることはなかったわけですし。
必要な保護や支援を与えて難民の人をちゃんと難民と認めれば、それは最終的に日本に良い形で返ってくるだろうと思っています。


(ライブ・エイドの様子。https://www.udiscovermusic.jp/stories/live-aid-31-years より)

昨年12月には入国管理法が改正されるというニュースもありましたし、日本にはこれからより多くの人がやってくるようになります。難民に限らず、そうした日本にやってくる外国の人々とどう向き合うかについてしっかり考えるべきタイミングが来ているように思います。


……なんだか前回に比べてかなり真面目な感じの文章になってしまいましたが、とにかくまだボヘミアン・ラプソディを観ていない人は一度映画館へ行きましょう!ということですね。

次回は、今度こそは今の団体でやってる普段の仕事について書く予定です(また何かタイムリーな話題があれば別ですが)。それではまた。

2019年1月19日土曜日

サラリーマン時代の話【証券営業→法務】


こんにちは、皆様いかがお過ごしでしょうか。ここ最近東京はやたら寒かったですね。インドネシアが恋しい。

私はというと、前回投稿した後このブログの存在が速攻で職場の人にバレました(笑)。
せっかく書いたしということでフェイスブックとツイッターにも載せたんですけど、職場の何人かとフェイスブックの友人であることを完全に忘れていたという……。ちゃんとSNSを管理してないとこうなる、という良い例ですね。皆さん気をつけましょう。
まあ別にバレたからどうということもないので(若干の気まずさはありますが)とりあえずこのまま続けようと思います。

さて気を取り直して、今回はサラリーマン時代の話をします。今も給与をもらっているという意味ではサラリーマンですが、営利企業にいた時のことです。そのころのどんな経験が今のNGOの仕事に生かされているのか?について書いていきます。

①    証券リテール営業@札幌

大学を卒業したあと某証券会社に入社し、数か月の研修を経て札幌支店で営業をすることになりました。
これが私の人生初の北海道だったわけですが、もう尋常じゃなく寒い。どれくらい寒いかというと、吹雪の日に外回りに行ったら遭難しかけたレベルです。吹雪って本当に目の前見えなくなるんだなということを学びました。

(冬の札幌の写真。この日は吹雪いてはなかったですが、4~5か月は雪が積もったままです)

さて、屋外は雪が吹きすさんでいたわけですが、支店の中はというと怒号が飛び交っていました。「3時までにあと〇〇万!」「〇課収益全然足りてねえぞどうすんだ!!」みたいな感じです。ノルマは基本的に日割りなため、これが毎日続くことになります。
ただ、十年ほど前までは四季報(*)が飛んだり灰皿が飛んだりしていたという話も聞くので、そのころに比べればましになっているようです。若手は定時上がりが基本でしたし(逆に言えば、「働く時間が短い=楽な仕事」ではない、というのを嫌というほど思い知りました)。
(*)四季報:四半期に一度出版される、色々な企業の概要が書いてある本。辞書並みに分厚い。

そもそも何故証券会社に入ったかというと「根性をつけるため」と「自分と縁のなさそうな世界を一度経験するため」だったのですが、その思惑は見事に達成されました。見事にというか想像以上にというか……何にせよ有意義な体験だったことは間違いないです。

ここで、証券の営業とは何をする仕事なのかについて簡単に説明します。
証券営業には「リテール」と「ホールセール」がありますが、私がやっていたのは「リテール営業」の方でした。株や債券、投資信託といった金融商品を主に個人の顧客に対して販売するのが仕事です。普段会えないような人物に会いに行けるといった楽しい側面もありますが、ハードな部分も多いです。
特に入社一年目は新規開拓が主な仕事なので、一日何十件もの飛び込み営業やテレコールが課せられます。名刺すら受け取ってもらえず締め出されたりするとそれなりに堪えますね。あとは、契約が取れたと思ったのに注文を出す前にキャンセルされて落ち込んだり、お勧めした銘柄が下がって焦ったりというのはけっこう日常茶飯事です。

……なんだか気づいたら苦労話ばっかり書いてますね(笑)。まあでも、そんなハードな職場だからこそ身についたこともあります。
なかでも大きいのは、やっぱり結果を出すことに対するこだわりをもつようになったことです。営業は良くも悪くも常に結果が求められるので、どうやったらより良い結果が出せるか?と戦略的に考えてそれを実行できるようになったのは前職での大きな学びの一つです。
今の仕事は結果が単純に数値で出るようなものではないですが、それでも結果にこだわる姿勢は大切にしていこうと思っています。

ちなみに、「営業ならコミュ力ついたんじゃないの?」とたまに言われるんですが、これに関しては正直微妙でした。自分でもそれを狙っていたわけですが、実を言うとプライベートでのコミュ力はさっぱり上がらず……。なので今でも人と話すのは苦手なままですね。
ただ、苦手なままでも仕事はそれなりにこなせる、苦手分野でもある程度はやっていけるという自信はつきました。トップセールスにはなれなかったですが平均以上の成績は出せたので、我ながら人と話すの苦手なわりには頑張ったな、という感じです。

総じて、人間的にかなり鍛えられた2年間でした。

②    法務部@東京

どうにか営業を無事終えたのち、2016年4月に東京へ異動になりました。ここから、2017年7月に今の職場へ転職するまでの1年3か月を法務部で過ごしました。

営業での学びが主に精神面だったのに対して、法務部での経験は技術的に直接今の仕事に活きています。
というのも、NGOの仕事はけっこうデスクワークが多いんです。助成金で事業を実施していると特に。
その点法務部の仕事はザ・デスクワークだったので、かなり今の仕事に近い部分があります。しかも超細かいところまで神経を使いつつけっこうな量の書類を捌かなければならないので、そういう作業に必然的に慣れることができました。
契約書や株主総会の招集通知といった会社としての体裁がかかっている書類を扱うので、内容にミスがないかはもちろんのこと書類の見栄えも細かくチェックされます。もう重箱の隅をつつきまわすレベルです。
これだけ書くとただ細かくてストレスの溜まる仕事という感じですが、この時期はわりと楽しかった記憶があります。もともとデスクワークが向いていたのかもしれません。

このとき学んだなかで、今の仕事に具体的に活きているものを以下に箇条書きします。

ü  資料作成能力
ü  文章力
ü  タイムマネジメント
ü  調整力

他にも言いだせばキリがないですがひとまずこれくらいで。
これらはいわゆるビジネスマンに必要なスキルとして挙げられることが多いですが、NGOでも同じように求められます。というか、営利企業でもNGOでもベースとして求められるスキルは大差ないのかな、というのが私の最近の考えです(もちろん仕事内容が全く違うので、あくまで「ベースとしてのスキル」ではありますが)。

上記4つのうち、特に資料作成については法務部に入る前と今とで雲泥の差があるなと実感しています。もちろん大学時代にも授業などで資料を作る機会はありましたが、そのときとの違いは「複数人で作業をする」という点です。
完成までに複数の(ものによっては数十人の)人間が関わるため、ただ資料をつくるのではなく他人がチェックしやすい資料をつくる&揃えるというのを上司や先輩から叩き込まれました。
このチェックしやすいというのが中々大変で、例えば数字が入る資料は元となるデータやそこからの計算方法も込みで上司や先輩にダブルチェックしてもらうのですが、初めの頃はただ資料を完成させるということしか頭になく、そういった根拠書類の揃え方がかなりテキトーでした。そうするとチェックする方はたまったものじゃないので、上司からしつこく注意された覚えがあります。根拠書類は最終的に表に出るものではないのであまり凝りすぎても非効率ですが、最低限整えることはチェックする人に対する礼儀だと思えるようになりました。

そうして、営業に続いて法務部でも色々と学ばせていただいたあと、縁あって現在働いているNGOへ移ることとなりました。
国際協力をやりたいと思いつつあえて新卒で証券会社に入ったことについて、無駄に遠回りしてるんじゃないかと考えることもありましたが、振り返ってみるととても貴重な経験だったなと思います。自分の中に一つ芯ができたような、うまく言えないですがそんな気がしています。

もちろんだからといって、みんな証券会社で修行すべき!というわけではありません。国際協力関係者がみんな証券出身とか普通に可笑しすぎますからね(笑)。ただ、キャリアを考えるときの一つの参考になればとても嬉しいです。


次回は今いるNGOで普段どんなことをしているのかについて書こうかなと思います。それではまた。

(ドゥルガプジャというバングラデシュのお祭り。去年10月に撮影。)

2019年1月6日日曜日

あけましておめでとうございます【ブログ再開します】

皆様大変お久しぶりです&あけましておめでとうございます。いかがお過ごしでしょうか。

前回投稿からもう4年以上も経っている、という事実に自分で驚愕しています。時の流れ怖……。
当時私は某証券会社に勤めていましたが転職し、今は某NGOに入って主に緊急人道支援をしています。
緊急人道支援というのは、自然災害や紛争などの緊急事態が起こった時に被災者に対してサポートをする活動のことを言います。例えば地震や津波の被災者へ物資を配る/仮設住宅を建てる、難民キャンプで診療所を運営する/井戸を掘るなど色々あります。

それでこの緊急人道支援業界ですが、1年半ほど働いて感じているのは人不足すぎる!!なんなんだマジで!ということですね。

なんかこう書くと「すごいブラックってこと?」と思われそうですがそういうわけではないです。むしろ逆で、休日・有給ありますし社会保障もついていて、給与もまあ高くはないですが低すぎることもないです。
※NGOというと無償で働いているイメージを持つ方が多いですが、私は有給スタッフとして働いています。今ググったところ私の現在の給与は同年代の平均年収をやや下回るくらいのようです(給与額はかなりケースバイケースだと思うので、あくまでも私の場合はという話)。

ブラックじゃないなら何故そんなに人が足りないのかというと、一つにはとにかく知られてなさすぎるというのがあります。てかもう情報なさすぎ。転職活動するとき普通に困ったわ。
これはうちの団体がというだけでなく人道支援業界全般に関して、そもそも何をやっているのか、どういう働き方をしているのかという情報が業界の外にいると全然入ってこない。
その結果、もともと強い関心のあるごく限られた人々が大半を占め、特に営利企業からの転職者が少ない、というような状況になってしまっていると感じます。

ブログを再開したのは、この状況を変えたい、というより変えないとヤバいというのが一番の理由です。周りから話を聞く限りこれでも以前よりは人も増えて業界の認知度も上がってきているようですが、正直全然足りてないです。
それに、こんなに魅力的な仕事がこんなに知られてないのはあまりにも勿体ない。ブラック企業の話とかを聞くたび「そんなクソみたいな会社で消耗するくらいだったら一緒に働かない?」と思います。まあそれは極端としても、国際協力やNGOで働くということが特別じゃない普通の選択肢の一つになったら良いなと。

そういうわけで、国際協力業界で働くことに多少なり関心がある人向けに、今の仕事の内容やキャリアのことなんかをこのブログで書いていこうかと考えてますが、もちろんそれ以外の方にも読んでいただければ幸いです。
それと、もし国際協力の関係者の方で読んでくださっている方がいれば、ぜひアドバイス・ご指摘をいただきたいです。私自身まだ全然詳しくなくて間違ったことを書くかもしれませんし、これから勉強していかないといけないと思っているので、よろしくお願いします。

さて、本当はここから「営利企業での経験が今の仕事にどう役立っているか」という話を書こうと思ったのですが、ちょっと文字数が多くなってしまったので次回に回そうと思います。なんだかブログ再開するよ!という宣言だけになってしまいましたが……。とりあえず、国際協力業界は魅力的なわりに人不足(だから狙い目かも?)というのが今回の主旨です。具体的にどう魅力的なのか、も追々書いていこうかと。

最後に、内容とは関係ないですが今私が担当しているインドネシア事業の事業地で撮った写真です。リンジャニ山という、富士山と同じくらいの高さがある火山です。朝焼けに染まるリンジャニ山は絶景です。



それではまた。

2014年12月7日日曜日

【マラウィで】先生、教えるの上手すぎます【理科の授業】


こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
私はこのあいだ風邪を引きました。しかもそれで会社を早退するという異例の事態に。
大体11月に「吹雪」ってどういうことなの…。
それでも体感温度はむしろ10月の方が寒くて、「私もそろそろ北海道に馴染んできたな(ドヤァ」とか思ってたらこのザマですよ。人はそれをフラグと言う。
みなさま体調管理にはお気を付け下さい。

さて、今回は10月28日に参加した、青年海外協力隊トークイベントについてです。
これは「北海道大学サステナビリティ・ウィーク2014」というイベントのうちの一つで、JICAの青年海外協力隊としてマラウィ共和国に行かれていた方のお話を聞こうというものです。
サステナビリティ・ウィークについては詳細こちら→http://sustain.oia.hokudai.ac.jp/sw/jp/
というか、北大はこのサステナビリティ・ウィークを毎年開催してるみたいですね。そしたら札幌って国際協力に関してだいぶ恵まれてるのかも…このあいだ「東京に比べて地域格差がうんぬん」とか生意気言ってすみませんでしたorz 札幌舐めてたわ。

で、マラウィですが。

「どこだよ!」って人が多いと思うので地図載せておきます(私もこの日話聞くまであんまりわかってなかったです)




 「アフリカ大陸南東部に位置する共和制国家で、イギリス連邦加盟国である。(中略)アフリカ大地溝帯に位置する内陸国であり、マラウイ湖の西岸にある南北に細長い国。(中略)国土はほとんど高原上にあり、マラウイ湖が大きな面積を占める。」 (Wikipediaより)
ちなみに言語はチェワ語と英語で主食はトウモロコシ、アフリカの中では人口密度が高い方らしいです。九州+北海道くらいの面積に東京と同じくらいの人口が住んでいるとのこと。こういわれると何となくわかった気になりますね。






  

ここに2年間派遣されていたのが新 江梨佳さん。明るくてとても素敵な女性です。しかも美人。
現地では理科の先生として、セカンダリースクール(中高生)の子どもたちに授業をしていたそうです。


トークイベントの様子


この日は彼女が現場でどんなことをやってきたか、どんなことを意識しながら活動してきたかというのをスライドを交えて語ってくださったのですが、その内容に入る前に一つ言いたい。

プレゼン上手すぎる。

この日私は仕事終わってからの参加だったので内心「寝落ちしたらヤバイな…」とか思ってたんですがそんな心配はいらなかった。
マラウィのことも教育のこともあまり知らない人が最後まで興味をもって聞き続けられるように、とても色々な工夫がされていました。
きっと子供たち相手の授業もかなり面白いに違いない。

マラウィでの活動風景。右側の女性が新さん


もちろん2年も先生として働いてこられた方なので、テクニックが自然に身についた部分はあると思います。慣れとか。
でもそれ以上に、なんていうか「伝える」ことに対する本気度が違う。





そりゃ子どもたちも真剣になりますね。

私も人前で発表をすることはけっこうあって今もこのブログを書いたりしてますが、正直ここまで「伝えよう」という気持ちがあったかと言われると疑問です。
何かを発信するからにはやっぱり伝わってなんぼなので、もっとそこを意識してかないといけないですね。今回のはかなり刺激になりました。

などなど前置きが長くなりましたが、次に新さんが現地でされていた活動について。大きく分けて3つあるそうです。

1つはマラウィ人の先生のサポートで、「こんな授業ができたら」と思いつつこれまでできなかったことを実現する手伝いになります。
そういうと何かモノを援助するようなイメージがありますが、実際のところマラウィの学校にはモノが全く無いわけではないので、近くの学校と実験器具などを貸し借りする仕組みを作ったとのこと。

2つめは、生徒主体の学び場をつくること。教えるのではなく自分で行動する場の提供というのがミソです。マラウィの人にとって科学は「モノづくり」なため、子どもたちは自分で色々なものを作り上げます。

例えば、ポテチの袋の裏のアルミを張り付けてソーラー加熱器を作ったり。



すごい子になるとガラクタを寄せ集めて風力発電機を作りあげるレベル。



発電量は小さくても、そもそも村には全く電気が通ってないのでとても画期的です。

3つめは、子供たちに多様な経験と好奇心のきっかけを与えること。
理科はそもそも実験があるので好奇心を刺激しやすいですが、それをさらに演劇の形で見せることで子供の興味をさらに惹きつけます。



これは新さんだけでなくPICO factoryという団体が主催しているのですが、英語が苦手な子でも楽しめるようにパントマイムと現地語の解説を組み合わせるなど趣向が凝らされています。ちなみに今日本でも活動されています。
(PICO factoryについてはこちら→http://www.picofactory.jp/ 実験ショーの動画もこちらにアップされてます。)

こうした活動をするなかで、現地の人の力を引き出すことを、そして先につながることを、という意識は一貫していたそうです。マラウィの先生・生徒が自分でできるように現地にあるものを使うというのもその一つです。
ご本人は「自分のアプローチが正しかったのかは今でもわからない」と言っていましたが、私が聞いた限りとても意義のある活動をされたんじゃないかと感じました。



さて、この話を聞いたあと、逆に日本の教育はどうなのかと考えてみました。

ぶっちゃけ今の日本の教育ってほんとに意味あるのか?って話です。

まず、普段学校の授業を聞いてて面白い!ワクワク!って感じてる子はそう多くないんじゃないかと。もちろんいないことはないでしょうけど、問題はそういう子が「マラウィよりも多いかどうか」です。もし大して違わないなら、日本の教育はマラウィよりも「進んでる」と言えるのか?

しかも、学校で習うことは生活にすぐに役立つわけでもないですよね。中学とか高校になると特に。
私は文系のくせに古文が一番苦手だったので、ラ行変格活用ってなんやねん!!となった思い出があります。逆に数学嫌いの人は「トランプの並べ替え方が何通りになろうが知ったこっちゃない」し「三角関数ってなんなんだよ」って思うんじゃないでしょうか。
正直中高で習うほとんどの内容が生活と直接関係ない気が……。

今回紹介されていたマラウィでの教育活動は、少なくとも「面白さ」と「役立ち」という2つの意味で、日本で行われている多くの授業よりも勝ってそうにみえます。



こんなこと言うと、「面白いとか生活に役立つとか関係なくて、日本の学校ではマラウィよりも難しいことを教えてるんだからこっちの教育の方が優れてるに決まってんじゃん」とか言われそうですね。
確かに、日本人の方がきっと難しいことを習っているはずで、高度な知識という意味では日本の方が進んでいるかもしれません。
じゃあなんで私達はそんな難しい(しかも大抵つまらない)ことを覚えなくてはいけないのか?
多分そう聞くと、大多数の人は「将来良い職業に就くため」と答えるんだと思います。要するに勉強して良い大学に行けばその分就活に有利ってことです。
ただそうすると、学歴だけが大事なんだったら極端な話授業の中身はなんだっていいわけで、ということは入試にさえ出なければ私は将来使いもしない古文単語を覚える必要はなかったことになります。
結局「なんで入試問題は無駄に難しいことを聞いてくるのか?」って話に戻ってきてしまいます。

ここで、「『良い職業』は人それぞれ違うから、子供たちが好きな仕事につけるように色々な選択肢を与えないといけない」という考え方がでてきます。そのために色々な分野のことを教えないといけないってことですね。
これはけっこう理にかなってるように見えますけど、今度はどこまで教えたら「十分」なのかって問題がでてきます。

「子どもたちが好きな仕事に就けるように」といったって、全部の職業に触れさせるのは土台無理な話で。例えば、歌舞伎役者になるためにはまずそれに触れる経験を与えないとってことで、学校行事で歌舞伎を観に行くことはできます。でも同じことをバレエも、乗馬も、F1レースもというふうに全ての職業についてやってたら日が暮れるどころかそれだけで学校生活全部終わります。信じられないくらいお金かかるし。
なら、学校という場所でどこまでのことをやったら十分だと太鼓判がもらえるんですかね。

しかも逆に、今学校で習っていることは職業として応用するにするには全然足りない。どう役立つかもわからず、卒業したら忘れ去られるだけというのが大半では。少なくとも私が覚えたラ行変格活用の知識はテスト以外に活かされることもないまま消え失せてしまいました。あの時間を返せ!と言いたくもなります(むしろそれは古文の先生のセリフかもしれませんが)。



それと、そもそも将来の選択肢って多ければ多いほどいいんでしょうか?

これは国によって答えが違ってきそうです。マラウィでは、教育を受けた後に描けるビジョンが日本と全然違うそうです。例えば、生徒に「将来の夢は?」と聞くと「医者になりたい!」みたいな答えが返ってくるけれど、実際はどうやったら医者になれるのか誰も知らなくて、ただなんとなく「良い職業」というイメージで言っていることがほとんどとのこと。どうやったら実現できるかを調べる方法もなく、そもそも国内にその職がなかったりもします。このケースなら確かに子供たちの将来の選択肢は今よりも多い方が良いと言えそうです。

でも日本では逆に、情報はあふれているけどその中から自分で選ぶのが難しい。むしろ選択肢が増えるほどそのうちの一つに絞るための手間や時間はふくれあがるし、迷いも生まれます。フィリピン人は就活で5~10社しか受けないらしいですが日本人は数十社受けるのがザラです。(フィリピン人の就活事情の記事参照)。手間をかけたぶん仕事への満足度が上がってれば良いですが、そうでもなさそうというのが日本で就活を経験した方の実感ではないでしょうか。

結局選択肢がいくらあったって、自分のやりたいことがわからなかったら選びようがないのでは。



なんだかいつになく長々と語ってしまいました。もっとコンパクトにまとめる能力がほしい…。
要するに何が言いたいかっていうと日本の教育もまだまだ改善の余地あるしマラウィと日本がお互いから学んでいけたらいいよねっていうありきたりな結論に落ち着くわけですが。
意見・質問・反論などお待ちしてます。

そういえば途中で気づいたんですが、就活の記事書いたのって去年のクリスマスだからもう1年近く経つんですね。
今年もリア充への意趣返しに暗い内容を投稿しようかと思ったんですが、やっぱりどう考えても自分が一番ダメージくらうので難しいところです。
時間とネタがあったら何か書くかもしれません。

ではでは。


2014年8月31日日曜日

【ネパール】つぼみ学校ポカラのビデオ上映会【トリビア】

こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
私はというと、仕事の研修が終わって実務に入ったのに伴い北海道に引っ越して一人暮らしを始め、そうこうしているうちに年が一つ上がったくらいですかね。
人生ってめまぐるしいですね。

さて、今回は先週日曜に参加したネパールのイベントの話です。
つぼみ学校ポカラという団体が主催する、スタディツアーを記録したビデオの上映会でした。

こちらはネパールの貧しい子供たちを支援しているNGOで、日本では札幌を拠点に活動しています。
具体的には、学校に行けない子のためにネパールに学校を建てる、教育や訓練を実施する、奨学金を提供するなどをしているそうです。

(詳しくは下記参照
HP: 
http://tsubomigakko.org/
Facebook:
 https://ja-jp.facebook.com/NGO.tsubomigakkopokhara)





つぼみ学校が建て、去年の年末に完成した図書館。
(団体のHPやFacebookより。許可を得て転載しています。以下の写真数枚についても同様)


今回参加することになったいきさつとしては、札幌で活動している国際協力の団体を探していたらたまたま見つけたので行ってみることにしたという感じで行き当たりばったりです。
ただポカラは去年私も大学のツアーで行っているので他の場所に比べると親近感がありますね。
(その時ポカラで撮った写真などは2013年9月19日の日記をご覧ください)

そんなこんなで当日。
会場は札幌エルプラザというところで、JR札幌駅のすぐそばにあります。


札幌エルプラザ。

余談ですが、この建物には他にも多くの市民団体が入っています。「札幌市市民活動センター」という名前で色々な団体のブースが集められていて、打ち合わせ用テーブルやパソコンなどがあり総合受付まで用意されていました。特に北海道や札幌の地域おこしの活動が盛んらしく、行政がサポートに力を注いでいるみたいです。

今回の上映会は、つぼみ学校と北海道情報大学の学生・教師が合同で行った一週間のスタディツアーの映像を観るというものです。
ネパールの学校を3か所回りワークショップを通じて子供たちと交流するそうなのですが、1週間で3か所とはなかなかハードな…。


上映会の様子。私は写真右奥の方にいますがちょうど影になっているようです。

すごいなと思ったのはワークショップの内容です。
折り紙や切り紙は多分こういうイベントの定番なので私のときもやったんですが、それ以外に色々と面白そうなことをしていました。

例えば子供たちにネパールと日本の花の絵を描いてもらってそれぞれ比べてみたり、様々な色のインクで大きな紙に手形をつけてカラフルな花を咲かせるペイントアートをしたりと見た目にもとても綺麗でした。
どちらも私たちが去年行った学校でもできそうだったので、やればよかったと少し惜しい気持ちです。

ちなみにどうやら北海道情報大学はアートに特化しているらしく(もしくはアートのクラスがある?)、自分たちのアートの技術を社会に生かそうというのが今回の目的の一つだとか。以前から子どもたちが描いた絵に学生がアレンジを加えて作ったポストカードを販売していて、その売上げでスタディツアーの旅費を全てまかなったというのには驚きました。


会の後半ではつぼみ学校代表のディリップさんという方が日本とネパールの交流の歴史についてプレゼンしてくれました。


プレゼンをするディリップさん。日本に11年もいただけあって日本語上手で、プレゼン技術もかなり上手かったです。
(ディリップさんについて詳しくはこちら→ http://dilipbksunar.com/ )


お堅い話かと思いきや、これがトリビア満載でけっこう面白い。

例えば、
・長野県松本市とネパールの首都カトマンズ市は姉妹都市である
松本市には山とお寺がありネパールと似ているからだそう。

・ネパールの元国王は東大に留学していた。
ネパールの王様が私の先輩だと思うとちょっとテンション上がりますね。

・「ネパール人が習いたい外国語」で日本語は2位(1位は英語)。

・ネパールでは学生時代に日本の歴史を勉強する。
これ謎ですよね。別に悪くはないというかむしろ嬉しい限りですが、なんでネパールの人がわざわざ日本史…?(私は日本人ですが日本史はかなり苦手です)

・ネパールで初めて放送された海外ドラマは日本の「おしん」で、その視聴率は80.9%。
ちょっと待て。視聴率80.9%ってそれ統計学的にありえるのか??
紅白も真っ青の驚異的な数値をたたき出した「おしん」。私今まで見たことなかったんですが今度見てみようかと思わざるをえません。


そんなトリビアでネパールをさらに身近に感じたところで会はお開きに。ポストカードの販売をやっているとのことだったので買って帰りました。


ネパールの子供たちの絵をもとに学生の方が商品化したポストカードと缶バッジ。やっぱりクォリティ高い。


今回印象的だったのは、ディリップさんも学生の方々も今後やりたいことやビジョンが明確だということです。

今度はインフラ面でもできることがあるのではないかということで、学生の方々は次にペットボトルライトのプロジェクトを計画しています。
(※ペットボトルライト…水と漂白剤の入ったペットボトルを屋根に貫通させて取り付けることで太陽光を屈折させて、日中の室内を電球なみの明るさで照らすもの。「ペットボトルライト」でグーグル検索すると出てきます。)

ディリップさんは現在ネパールに「日本友好センター」を設立するために活動しています。またつぼみ学校の活動についても、これからは子供たちの親の収入を上げることで最終的にはNGOであるつぼみ学校のサポートがなくても公立学校に通えるようにするという長期的な目標を持っていました。
やっぱり長い目で見て腰を据えた活動をするのが大切なんですね。

そういうわけで私も社会人になったらどこか一つの団体に入って、少なくとも数年単位で継続的に活動する予定だったんですが……最近これがなかなか難しいのではないかという気がしつつあります。
仕事との両立という意味ではやってやれないことはなさそうなんですが、問題は札幌で活動している国際協力団体があまりなさそうということなんですよね;;

地域おこし的なものは前述のとおりかなり盛んなようですが、国際協力となると首都圏ほどではないという印象。
地方中枢都市の札幌でこの状況なので、もっと田舎だとますますそういった機会は少ないのではないかと…。ネットで情報が取れる時代とはいえやっぱり地域格差は存在するようです。

そういうわけで、仕方がないので引き続きボランティア募集中の団体を探しつつ、関連する本でも読んで知識つけようかなと思っているところです。何かしら継続しないとだんだんこの分野から遠ざかってしまう気がする…。
このブログでも次回あたりブックレビュー的なものを書いてみる予定なので、オススメの本があったらぜひ教えてほしいです。国際協力にダイレクトに関連する本でなくても全然かまわないです(そもそも「国際協力」って定義があいまいだし)。



それでは今回はこのへんで。ではでは。