こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
私は先日卒業論文の初稿を無事書き上げて担当教授に送りました。書き上げたというか書きあがったことにしたと言った方が正確ですが。
自分でも英文が酷すぎる自覚はあるので、今頃あまりに修正のしようがなくて教授は頭を抱えていらっしゃることでしょう。ただでさえお忙しいらしいのに…。
これがもとで教授がノイローゼになったらとりあえず土下座でもしようと思ってます。
それはそうと、今回は9月に行ったネパールの話です。
既に写真はリアルタイムで何枚かアップしましたが、どうせなら活動内容もちゃんと書こうかと。
さくら寮やバジャラバラヒ村での活動内容については既にそれなりに書いたので、今回はチャンダンプール群の小中学校について。
(以前投稿した写真は、9/19~10/1投稿の記事に載っています)
2013年9月19日から28日の10日間、チャンダンプール群のカレシュワリ中等学校というところを訪れて授業をしました。
村の景色。カトマンズから車で数時間ではありますが、山の中にあるのでそれなりに田舎です。
ここには日本から青年海外協力隊員の方が派遣されていて、その方に通訳など色々と助けてもらいつつ授業をするという形です。ネパール語は私含めほとんどの人がゼロスタートだったので。
村の景色。カトマンズから車で数時間ではありますが、山の中にあるのでそれなりに田舎です。
ここには日本から青年海外協力隊員の方が派遣されていて、その方に通訳など色々と助けてもらいつつ授業をするという形です。ネパール語は私含めほとんどの人がゼロスタートだったので。
授業といっても算数や国語などのお堅い科目ではなく、遊びなどを通じて日本文化を知ってもらおうというものです。
この学校は幼稚園と1年生から8年生(日本での中学2年)まであるのですが、私達の授業では幼稚園+1~3年、4~6年、7・8年の3クラスに分けて教えました。
以下の写真は全部「幼稚園+1~3年クラス」です。
折り紙を折っています。
子どもたちは普段折り紙をしないので、簡単に作れる「猫の顔」や「犬の顔」を折ってもらいました。
顔を自由に描かせたらみんな独創的なのを描いてくれました。
ネパールは冬寒いそうなので、おしくらまんじゅうを教えました。
やっぱり小さい子はこういう単純に体を動かすのが好きなようで。予想以上にヒートアップして少し焦りました。
私は幼稚園と1~3年クラスの授業を担当したのですが、低学年でしかも言葉が通じない子供たち相手に何かを伝えるのはとても難しかったです。
(特にネパール語が激むずなのもあります。発音の種類多すぎて意味分からん……タガログ語の100倍はキツイ気がします。)
でも子供たちは楽しんでくれたようなので助かりました。みんなスレてないので、「つまんねーよ!」とか言い出さないとても良い子たちでした。
むしろテンション高すぎるので、それを押さえて言うこと聞かせるのが大変でしたね。小学校教員ってすごい。
写真が今手元にないですが、4~6年生の授業ではストーリーメイキングやしっぽ取りなどを、7~8年生では先生紹介や理科の実験などをしました。
ストーリーメイキングは、自分でヒーローと敵のキャラクター、その倒し方を考えて絵を描くというものです。みんな授業中はシャイなのか、全員1回は前に出て発表させたのですが、ほんの2・3言だけ話してすぐ席に戻るという子もけっこういました。
最終日は、1日企画として縁日をやりました。射的や輪投げなどの各ブースを順番に回ってもらった後はどら焼きでおやつタイム。
射的。
どら焼き。
おやつを食べた後は、各クラスで練習してきたダンスの発表をしました。
幼稚園と1~3年の「大きな栗の木の下で」。ネパール語版があったので、みんな歌いながら踊っています。
4~6年の「マイム・マイム」。このネパール語歌詞は4~6年担当の日本人の子が作ったのですが、なぜか協力隊員さんと日本人留学生の方にバカ受けでした。
7~8年の組体操。身長差が激しいので組み分けに苦労していましたが、なんとか成功しました。
ちなみに、左の山の一番下の段右側にいるのはネパール人じゃなくて日本人です。完全に溶け込んでますけど。
縁日の後は送別会を開いていただき、10日間のチャンダンプール滞在は終わりとなりました。
最後に、ネパールの教育と日本の教育の違いについて。
協力隊員の方含め多くの人が、ネパールは日本に比べて詰め込み教育・暗記教育だと言っていました。
確かに、子供たちを見ていると自分で文章を書いたり話を作ったりするのが苦手な印象を受けました。低学年はまだのびのびやっている気もしましたが、特に高学年になると恥ずかしがる子が多いかもしれません。あと、体育や音楽などの授業がカリキュラムに無いというのには驚きました。
それらを合わせると確かに日本よりも詰め込み教育といえます。でも、それは悪いことなのか?と言われると正直よくわからないというのが今の感想です。
日本で詰め込み教育からの脱却として行われたゆとり教育が批判にさらされてすぐ方針転換したのを見る限り、子供の「創造力」や「個性」って本当に社会にもとめられてるの?というところから考えないといけないのではないでしょうか。
また、ネパールに体育や音楽の授業が無いのは多くの人にとって必要ないからかもしれません。というのも、単純に体力面では日本の子よりネパールの村の子の方が多分段違いに優っているし、音楽の授業が無くてもネパールの子供はみんな伝統的な踊りをいくつかは踊れるみたいです。「授業」という形でなくても体を動かしたり音楽に触れる機会があればいいのでは、という考え方も成り立ちます。
一方で例えば、体育の授業や設備がない村の環境では陸上の選手になろうという子はなかなか出てこないだろうから、それが子供の可能性を狭めているとも考えられます。
では、どこまでの可能性、選択肢を子供たちに提供すれば十分なのでしょうか?そもそも教育に「十分」というラインは存在するのでしょうか?
この問題について実はフィリピン留学中から考えてたりするんですが、いまだによくわかりません。もし考えや意見のある方はコメントとかに書いてもらえるとかなり喜びます。
村で見た夕焼け。
せっかく大晦日の更新なので来年の抱負とか書くべきなのかもしれませんが、私は来年になってから抱負を考える派なので特に決まってません。さらに言うと、結局決まらずに翌年の大晦日を迎える派でもあります。
というか、私の周りでちゃんと毎年抱負を持って生きてる人をみたことない気がするんですが…みんな言わないだけで何かしらあるんですかね?気になるところです。
ではでは、みなさま良いお年を。
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